“キリスト教について”
キリスト教について書きました。
『神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。』新約聖書 第1テモテへの手紙2:5
キリスト教は、一神教と言われ、聖書の神様以外をすべて認めない。
それゆえ、旧約聖書を信じるユダヤ人や、イエス様を信じるクリスチャンは、他のものに迎合できず、迫害されてきた歴史があるのだと思う。
外の人から見たら、排他的な宗教と思われるかもしれない。
しかし、神様は「わたしはねたむ神である。わたし以外に神々があってはならない。」(出エジプト20:4.5,34:14)と言われる。
神様、イエス様、聖霊様を3つを一つなる神様とし、聖書のみに権威を置くところとする。
聖書を変えたり、付け足したり、小間切れに取り分けたものを信じる人たちは、キリスト教と言わない。
誰か人を特別な権威ある人とし、神のようにする人を、私たちはキリスト教と呼ばない。
キリスト教会の中にあっても、イエス様より指導者である自分を中心にする教会はカルト化した教会と言われる。
何をもって、その是非がわかるか。
『自分から語る者は、自分の栄光を求めます。しかし自分を遣わした方の栄光を求める者は真実であり、その人には不正がありません。』ヨハネの福音書7:18
その人がイエス様の栄光を求めているか、人や自分の栄光を求めているか…そこでわかるのではないかと最近、教えられている。
イエス様だけが栄光をとられるお方です。
イエス様の十字架の赦しは完全で、付け足すものは一つもありません。
イエス様からいただけるのは、赦し、あわれみ、安らぎ、喜び、慰めという良いものです。
私たちは様々な宗教に対立するのでなく、光なる神様から良いものを受けて証していくだけなのかもしれません。
光の子どもは光に来ます。(ヨハネ3:19~21)その人が何を求めているかが、どこに行くかなのだと思います。
イエス様の祝福が豊かにありますように。
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