“異邦人コルネリオの祈り”
異邦人コルネリオの祈りは神様に覚えられていました。
『さて、カイザリヤにコルネリオという人がいて、イタリヤ隊という部隊の百人隊長であった。
彼は敬虔な人で、全家族とともに神を恐れかしこみ、ユダヤの人々に多くの施しをなし、いつも神に祈りをしていたが、
ある日の午後3時ごろ、幻の中で、はっきりと神の御使いを見た。御使いは彼のところに来て、「コルネリオ。」と呼んだ。…
「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上っていて、覚えられています。…」』新約聖書 使徒の働き10:1~
おはようございます。
私は心優しい友人たちを見るとき、祈る神様を知らなくても、尊い祈りをなしているなぁと思うときがあります。
自分のためではなく、心から誰かのために願う…その思いの尊さを思います。
聖書の中にも、改宗者(割礼を受けて律法の規定を守る人)ではなかったが、ユダヤ人の神様を信じ、施しと祈りをしていたコルネリオと言う人がいました。
神様は彼に「あなたの祈りと施しは神の前に立ち上って、覚えられています。」と言われました。
ペテロが神様に遣わされ、イエス様について語られるところを聞き、信じた。そしてコルネリオとその家族は、神様の子どもとされたしるしの聖霊様をいただきました。
私は、イエス様を信じる前は、本当に自分のことしか考えられない人間だったと思います。
イエス様に赦され、受け入れられ、癒されていく中で、人のために祈れる人間に少しずつなったなぁと思います。
だから、私にとっては、人のことを自分のことのように祈れるとしたら、私の力ではなく、神様の与えてくれた心と祈りと思えます。
私の場合はそんななので、聖霊様の助けなく人のために祈れる人がいるとしたならば、それはもう神様の中にいるようなことなのかなぁと思います。
まさに「あなたはクリスチャンではないけれど、あなたの祈りは神様の前に立ち上り、覚えられています。」ということだと思います。
この神様に覚えられているコルネリオと家族たちが、イエス様のことを聞いたとき、聖霊様が与えられました。(使徒10:44)
ユダヤ人たちは、初めて異邦人が聖霊様を受け、異言を話し、神様を賛美しているので、驚きました。
そして、彼らは洗礼を受け、おおやけにも神様の家族になりました。
神様が愛しておられ、イエス様の近くにいて、祈りと施しをなす方々が、祝福されますように。
イエス様によって、神様の霊を心に授けられ、神様を賛美し、神様の愛の対象とされていることを知れますように。
イエス様は、私たちすべての人の罪のために、十字架にかかられ、私たちの罪を赦し、神様に受け入れられるものとされました。
このイエス様の赦しの深さが、この世で赦しを受けとれないほどの人々まで、すみずみまで拡げられますように。
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