“ブログの中での心の癒し”(自分史13)
ブログを書きながら、さらに癒されている自分を見ます。
『まことに主はシオンを慰め、そのすべての廃墟を慰めて、その荒野をエデンのようにし、その砂漠を主の園のようにする。そこには楽しみと喜び、感謝と歌声とがある。』旧約聖書 イザヤ書51:3
ブログを始めて1年3か月になる。証をしたいと、何も考えずに始めて、楽しく続けさせてもらっている。
ブログを書き始めて、数えきれないほどの良いことがあった。その一つとして、自分の過去の経験を書く中で、新しいことに気がつかされ、さらに心が癒されていることがある。
去年の7月、始めたばかりの頃は、母のことをたくさん書いた。
今回も順序だてた自分史で、母とのあつれきを書こうして、書けない自分がいた。前は書けたのに、もう苦しかったことを思い出さなくなっている。
私の過去ブログの母の記事を良く読んでくれていた友人が言った。
「今回の自分史のお母さんの記事、軽くなってるね。なんか楽に読めたよ。」と。
そのとおりなのだ。前は、母のせいで、私はこんなになった…みたいな母が悪者になっていた。
が、不思議と書きながら、母のたくましさや、子どもを思う気持ちや、苦労に気がつかされていった。
私が人に話すように書く…その中にも聖霊様が働いてくださり、母のよいところに気がつかせてくれ、さらに私を癒してくれているのかもしれない。
高校時代の苦しみのメインはやはり母とのことだった。
最も理解してほしい人に理解されないつらさを思った。
神様はそんな私のつらかった経験を益としてくださった。
今、理解されない苦しむ人がいると、自然に気持ちがその人のほうにいく。
神様は人生のすべてをご支配してくださり、過去の痛みすら用いてくださることに感謝する。
神様は私たちを慰め、荒野のように荒れ果てた私たちの心をエデンの園のようにし、砂漠のように殺伐とした心を主の園のように変えてくださる。
そこには、裸で神様を見上げ、神様との関係を楽しんでいる私たちの姿がある。
神様のこの約束がお一人お一人のものとなりますように。
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