ブログの訪問者の方へ

2009年9月26日 (土)

“慰めがありますように”

ブログについて書きました。

『神は、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。

こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのです。』新約聖書 第2コリント1:4

ブログ訪問してくださる皆さん、いつも訪問ありがとうございます。

神様からその日、その日教えられたことを書いていますが、訪問してくださる方々の慰めになればと思っています。

コメント欄にもたくさんの方が来て、コメントをくださり感謝です。

コメント欄が皆さんの交流の場になることを願っています。

今、ミニマルがコメントをくれ、それに緑のオリーブさんやももこさんがそれぞれの立場から、応答してくださり、とてもありがたく思います。

気持ちや状況を誰かに理解してもらえるのは、本当に慰めです。

これからも、コメント欄は皆さんの良き交流の場として使っていただけたら、本当に嬉しく思います。

教会の中心は祈りと聖書のことばですが、そこに欠かせないのが交流です。神様がこの小さなブログを祝福し、この与えられた交流を祝福してくださいますように。

また、いつでも、気軽にどんな疑問でも書いてください。皆さんで、ともに祈り、考えていくのも良いかもしれません。

私も皆さんのコメントに気がつかされたり、教えられたりしています。

ももこさんの友人が「もし、ももこが愛が持てなくて地獄にいくなら、私も一緒に行ってやる。」と言ったことばに、私も愛を感じ、感動しました。

私だったら、どうでしょうか。「あなたが悔い改めなかったら、地獄に行くよ。」…とまでは言わなくとも、聖書の正論を言い、悔い改めを求めたかもしれません。

事実、私は良かれと、これまでたくさん、そのようなことをしてきました。

悔い改めは聖霊様によらないと、起こりません。

聖霊様は赦しのあわれみの中、優しく包みこむ中で、安心して悔い改めを導きます。

人が聖書のことばを使って悔い改めを迫るとき、人は裁かれている感覚しかもてません。

そして、その痛みの中で罪をさらに握るかもしれません。

悔い改めは聖霊様が愛の中で行われることであることを教えられています。

私自身が、イエス様の愛を知り、人を受け入れていくものとなるため、さらに自分の姿を見せられ、聖霊様のあわれみの中、変えられていくのだと思います。

私は賜物が証人(あかしびと)なので、自分の内側がどう変えられていくか、これからも、ブログの中で証していけたらと思います。

ブログ訪問の方々に神様の尽きることのない慰めが与えられることを心から願っています。

これからも、よろしくお願いします。

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2009年8月16日 (日)

8/16☆お祈り☆

ブログ周辺の方々を思いつつ、一週間のお祈りをします。

『たとい、あなたがたの罪が緋(ひ)のように赤くても、雪のように白くなる。

たとい、紅(くれない)のように赤くても、羊の毛のようになる。

もし喜んで聞こうとするなら、あなたがたは、この国の良い物を食べることができる。…』旧約聖書 イザヤ書1:18.19

私たちの思いを越えて、大きな赦しを与えられる神様、あなたの用意してくださる赦しをありがとうございます。

私たちは罪にまみれ、けがれにまみれた者ですが、見捨てることなく、捕らえてくださり、イエス様のきよめの中で、すべての罪をきよめてくださいますから、ありがとうございます。

私たちの罪がたとえ真っ赤に染まっていても雪のように、白くしてくださるという、神様の真実なことばをありがとうございます。

神様に赦され、心をきよめられると、私たちが負っている責め、罪責感から解放されますからありがとうございます。

心のきよめは、神様を見い出しますからありがとうございます。

心のきよめは、隣人を心から思い、祈る祈りを生み出しますからありがとうございます。

心のきよめは、平和を願いますからありがとうございます。

どうぞ、私たちが何か良いことをしようとする前に、神様の赦しの中におおってください。

あなたのあわれみといつくしみで、私の心をおおってください。

一人孤独にある人を覚えてください。わたしは決してあなたを見放さないと言われたイエス様が近くにいてください。

イエス様に愛され、とりなす者を近くに置き、とりなしをさせてください。

失意にある人にあなたの変わらない希望を与えてください。

不安のある人、心配のある人に、人知を越えた神様の平安を与えてください。

神様に聞いてもらう願いと祈りを用いて、平安を与えてください。

この一週間も神様が私たちとともにいてお守りください。

いつもイエス様の十字架の赦しの中に癒され、きよめられますように。

聖霊様の豊かな働きの中に生かされ、聖霊様とともに喜べますように。

イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。

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2009年7月20日 (月)

“永遠の愛をもって愛する”

ブログ訪問の方々の神様にある祝福を心から願います。

『それゆえ、私は生きているかぎり、あなた(神)をほめたたえ、あなたの御名により、両手を上げて祈ります。

私のたましいが脂肪と髄(ずい)に満ち足りるかのように、私のくちびるは喜びにあふれて賛美します。

ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います。

あなたは私の助けでした。御翼の陰で、私は喜び歌います。

私のたましいは、あなたにすがり、あなたの右の手は、私をささえてくださいます。』旧約聖書 詩篇62:4~8

私は今日は、コメントくださった方々のプリントアウトした紙をファイルに整理し、こんなコメントいただいなたぁと、過去を振り返っていました。

コメントを一度、いただいた方との会話は、私は自慢ではないけど、全部覚えています。

コメントはたった一度でも、その方が、また訪問してくださっているのを見ると嬉しいです。

ずっといつも来てくださっている方が、来られなくなったりすると、一人で寂しく思ったり、その方のために祈ったりして、一人一喜一憂しています。

最近、寝ていて、目覚めるか目覚めないかの中で、神様から語られたり、見せられりいろいろあるのですが、昨日の朝はこんなでした。

16さん、3Cさん、A8さん…目覚めない意識の中でナマログのパソコンナンバーの方を祈っていました。

これは私の信仰とかでなく、神様が一人一人をとても、妬むほどに愛しておられるのを、私に祈らせているんだなぁと思いました。

私も訪問してくださる皆さん一人一人がとても大切な人たちです。

イエス様にある良いものを一緒に食べている…そんな一体感があるからでしょう。

そして、神様が切なる思いで一人一人と親しくしたいと願っているのを、強く思います。

ダビデは、朝ごと、夜ごとに神様を思い、賛美していました。そして、神様の方もまた朝ごと、夜ごとに私たちを切に求めてくださっているのだと思います。

私が訪問してくださる皆さんを思う気持ちは、限界がありますが、神様が一人一人の霊的な祝福を切に願っている、そのほんのわずかを私にも思わさせてくださっているのを思います。

『永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。』エレミヤ31:3

この聖書のことばは、私に向けられたことばであり、皆さんお一人お一人に向けられたことばです。

どんなに愛してやまないか…私が深くうまく伝えられればと思いつつ。

今日は、聖書中心というより、私の思いを話す中で、神様の思いを書いてみました。

イエス様がいのちを捨てて愛されたお一人お一人の中に、熱くイエス様の愛の焼き印が押されるほどになりますよう、祈ります。

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2009年7月19日 (日)

7/19☆お祈り☆

ブログ訪問の方々を思い、一週間の、特に人間関係の祝福を祈ります。

『神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。』新約聖書 第2コリント人への手紙5:18.19

すべての必要をご存じであられます天のお父さん、あなたが、私たちの心の奥底にある、孤独もご存じで、そこを満たしたいと願っておられることをありがとうございます。

まず、イエス様を送ってくださり、私の罪赦されて、天地造られ、今もすべてを保ち支える神様と親しく交流させてもらえますことをありがとうございます。

また、イエス様が与えてくださったいのちを捨てての愛を与えてくださり、ありがとうございます。

神様は神様との関係回復だけでなく、人間関係をも祝福したいと願っておられますから、ありがとうございます。

神様が私たちを祝福してくださいました。それを受けた私たちは、祝福を与えるものとなれましたからありがとうございます。

私たちは親しい人とさらに親しくあれますからありがとうございます。

また、あなたは敵をも祈る思いすら与えてくださいますから、ありがとうございます。

どうぞ、私たちのまわりの人間関係を主のゆえに祝福してください。

もし、その人間関係に悩みがあったら、神様による解決を与えてください。

その人間関係が祝福されるため、私が人から受けてきた傷を神様がイエス様の血潮で洗いきよめ、癒してください。

私たちを神様からたくさんいただいたものとして、良いものを与えていけるよう祝福してください。

込み入ってしまった人間関係に神様の知恵を与えてください。

『主は、人の行いを喜ぶとき、その人の敵をも、その人と和(やわ)らがせる』(箴言16:7)とありますからありがとうございます。

私がののしられ、いわれのない中傷を受けたとき、イエス様が私のためにそうであったことを思い出させてください。そして、私の深い傷を包み、癒してください。

私が誤解され、また、偽証され悔しい思いをしたとき、イエス様が私のためにそうであったことを思い出させてくださり、イエス様の愛で慰めてください。

私が裏切られたと打撃を受けたとき、イエス様こそが、そのようなつらい思いをされた方だったことを思い出させてくださり、イエス様の愛に私を保ってください。

あなたがお一人お一人を愛してくださることを感謝します。

あらゆることを祝福してくださり、主とともに居させてください。

新しい一週間が神様の守り、イエス様の愛、聖霊様の慰めと喜びの中にありますよう祝福してください。

イエス様のお名前によって祈ります。

アーメン。

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2009年7月17日 (金)

“感謝のお祈り”

ブログ一年を感謝し、訪問してくださる皆さんを思い、お祈りします。

『いまだかつて、だれも神を見た者はありません。もし私たちが互いに愛し合うなら、神は私たちのうちにおられ、神の愛が私たちのうちに全(まっと)うされるのです。』新約聖書 第1ヨハネの手紙4:12

ブログを始めて、一年。神様の恵みに感謝します。

そして、訪問してくださる方々に、いつもながらに感謝します。訪問してくださる方がいなければ、私のブログは途中で挫折していました。

私はとにかく人と関わることが好きで、逆を言うと一人コツコツというのが苦手です。

訪問してくださる皆さんに支えられて、このブログを育てていただきましたこと、感謝します。

心を込めて、感謝のお祈りをします。

「天のお父さん、このブログに訪問してくださいます皆さんを心からありがとうございます。

あなたが愛しておられるお一人お一人です。

あなたがこの小さなブログにも呼び集めてくださったお一人お一人です。

私はその心のうちは知りませんが、あなたがご存じでありますからありがとうございます。

私たち人は、理解されたい思い、慰められたい思い、愛されたい思いがあります。

これらは皆、神様が私たちに与えられた思いです。

そして、神様がその思いを埋めたいと願っているのを知っています。

そして、私たち人は不完全であっても、なお、神様の愛の中で、人と人とで埋め合えるように計画されました。

どうぞ、この小さなブログの聖書のことばのまわりに集めてくださった方々の交流も祝福してください。

聖書のことばは、知識として私たちを支えますが、私たちの交流は、人と人とで互いを支えます。

私たちは一人きりで生きてはいけないようにできています。

どうぞ、このブログの周辺にいてくださる皆さんを特別に祝福し、慰めてください。

私たちの交流の真ん中にもイエス様がともにいて、私たちを愛してください。

私自身をも、日々つくり変えてくださり、神様の愛を聞き、分かち合うものとしてください。

いつもここに来てくださるお一人お一人をただただ神様に感謝します。

感謝し、祝福を願い、イエス様のお名前によって祈ります。

アーメン。」

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2009年7月12日 (日)

7/12☆お祈り☆

ブログにきてくださるお一人お一人を思い、祈ります。

『主は遠くから、私に現れた。

「永遠の愛をもって、わたしはあなたを愛した。

それゆえ、わたしはあなたに、誠実を尽くし続けた。

おとめイスラエルよ。わたしは再びあなたを建て直し、あなたは建て直される。

再びあなたはタンバリンで身を飾り、喜び笑う者たちの踊りの輪に出て行こう。…

「さあ、シオンにのぼって、私たちの神、主のもとに行こう。」と呼ばわる日が来るからだ。」』旧約聖書 エレミヤ書

私たちを変わることなく愛し続けてくださる神様、この新しい一週間も愛します神様とともにあることができますから、ありがとうございます。

私たちは小さく、あなたの計りしれない愛、あわれみ、いつくしみを知り尽くすことはできませんが、あなたが揺らぐことなく、変わることなく、私たちの生活に関心を持ち続け、働きかけ続けてくださる方であることをありがとうございます。

私たちの日常の中に、神様の恵みと祝福は満ちています。

どうそ、私たちの目がはっきり見えるようになって、あなたが与えてくださる数々が見えますように。

また、私たちに約束されている霊的な祝福に気がつくことができますように。

また、私たちに与えられている望みがまえますように。

また、私たちに神様を知るための知恵の御霊を与えてください。

私たちに、あなたにあって、生活の困難を乗りきる力を与えてください。

あなたが、私たちの必要をご存じですから、必要を与えてください。

そして、私たちに必要な助けと支えを送ってください。

神様が私をとらえ、捕まえ、支え、導いてくださいますからありがとうございます。

そして、私たちは、一人のように思えるときも一人ではありませんからありがとうございます。

誰かが私たちのために祈り、イエス様がとりなし祈り、聖霊様がうめきの中でとりなしてくださっていますからありがとうございます。

あなたが愛するお一人お一人の神様にある一週間の祝福を心からお祈りします。

イエス様のお名前によって、祈ります。

アーメン。

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2009年7月10日 (金)

“訪問の方々を感謝して”(祈り)

ブログ訪問の方々に感謝して、お祈りします。

『だが、今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、主はこう仰せられる。

イスラエルよ。あなたを形造った方、主はこう仰せられる。

「恐れるな。わたしがあなたをあがなったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。

あなたはわたしのもの。あなたが水の中を過ぎるときも、わたしはあなたとともにおり、川を渡るときも、あなたは押し流されない。

火の中を歩いても、あなたは焼かれず、炎はあなたに燃えつかない。

わたしが、あなたの神、主、イスラエルの聖なる者、あなたの救い主であるからだ。』旧約聖書 イザヤ43:1~3

今日は、最近の私には珍しく、3か所のボランティアをはしご?して、夜に帰ります。毎日、家にいることが多くなった私には、ハードな一日です。

この朝、生ログで、訪問者の方々を見て、いつも来てくださる方、パソコン、携帯から過去扁をずっと読んでくださっている方々を見て、本当に感謝の気持ちでいっぱいになりました。

パソコン、携帯ナンバーしか知らない方々も多いですが、神様にある大切なお一人お一人を思います。

お一人お一人を思いつつ、祝福をお祈りさせてもらうことにします。

「天のお父さん、あなたが愛しておられます、お一人お一人をありがとうございます。

神様の分かち合いがともにできていることを通して、私たちは主のパンを食べる目に見えない家族なのだと私は体験させられています。

私の役目は、素晴らしいごちそうは作れずとも、イエス様がくださる朝ごとのパンを受けとり、それを提供することだけです。

私に弱さがあれば、それは私ですが、私に何か良いものがあれば、それは神様のあわれみと、神様ご自身です。

わずかな主のパンを準備し、ともに食べてもらう幸いを思います。

訪問してくださる方にあっては、ナンバーしか知りませんが、あなたが愛してくださっているお一人お一人であることを思います。

私たちの地上でできることはわずかです。

その中で最も大切なことは、“主を知る”ことだと私は思っています。

そして、その主をともに分かち合い、ともに喜ぶとき、それがキリストのからだだと思います。

神様、愛するお一人お一人を祝福してください。

その方々と分かち合う私に至っては、通りよき管(くだ)とし、証、祈り、聖書の分かち合い、報告、何においても、主のよい物を分かち合わせてください。

お一人お一人にあっては、この小さなブログにあっても、主から直接良いものをいただきますように。

聖霊様が豊かに働かれ、神様の恵み、イエス様の愛を伝えてください。

主が、お一人お一人を愛して止まないことを教えてください。

また、もし私の弱さが証できているときには、皆、似たようなところを通される安心と、そこを愛してくださる神様を分かち合えますように。

いつも来てくださるお一人お一人の神様の祝福を心から祈ります。

イエス様のお名前によって祈ります。

アーメン。」

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“ブログの近況”

私のブログの近況報告です。

『「わが子よ。主の懲(こ)らしめを軽んじてはならない。主に責められて弱り果ててはならない。

主はその愛する者を懲らしめ、受け入れるすべての子に、むちを加えられるからである。」

すべての懲らしめは、そのときは喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われるものですが、後になると、これによって訓練された人々に、平安な義の実を結ばせます。』新約聖書 ヘブル人の手紙12:5.11

ブログ訪問の皆さん、いつも訪問ありがとうございます。

神様にある良いものを皆さんと分かち合いたいと切に願っています。

私の近況を簡単に話すなら、今、神様からの“うるわしい霊的なレッスン”を受けています。とても感謝しています。

が、今週は2回、私はブログアップできるだろうか…と思ってしまいました。

なんだか、だんだん神様次第で記事を書いているので、神様から教えられないと、書けなくなるのではないか…と思ったり。

もうすぐブログを始めて一年になります。神様の祝福の中で、休むことなく、楽しく書いてきました。

けれど、自分も生き物…神様との関係がづれたり、何かで神様との関係がうまくいかなくなったら書けなくなるだろうな…なんて思っています。

今週は一度目は、腕が痛くなって、“ブログアップできないお詫び”の文が頭をよぎりました。(携帯で書いているので、痛いともうパソコンにしないと無理なのかとか…)

主のあわれみの中、腕の痛みは癒していただきました。感謝します。

そして、昨日も、気持ちがブログに向かずに、そこに気持ちが回復するのに、時間がかかりました。

書けないようなときは、その弱さのままを出したほうがいいのかもと思ったりもします。

悔い改めて、神様との関係が回復してから書いてばかりだと、なんだかいつも神様と順調みたいな感じですが、そうではありません。

証や分かち合いにならない状態で書くと、神様との良いものを分かち合えないとも思います。が、日々、自分の弱さを見せられています。

神様との良いものを分かち合うというのは、私は弱く、そこにキリストの力がおおうということでしょう。

皆さんの訪問に励まされています。一日に幾度も来てくださる方には、メールの返事を書きたい…そんな気持ちでブログアップしています。

神様と順調でないときの私も証しとなって表したいと願っています。

ともに主にある良いものを分かち合える恵みを感謝します。

ブログ訪問してくださる皆さんに支えられています。ありがとうございます。

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2009年7月 5日 (日)

7/5☆お祈り☆

新しい一週間を、ブログに来てくださる方々と心を合わせて祈ります。

『恐れるな。わたし(神)はあなたとともにいる。

たじろぐな。わたしがあなたの神だから。

わたしはあなたを強め、あなたを助け、あなたの義の右の手で、あなたを守る。』旧約聖書 イザヤ書41:10

「天地を造られ、イエス様を送ってくださり、私たちを愛してくださいます神様、あなたのお名前をほめたたえます。

私たちは小さな存在ですが、神様から決して忘れられることなく、見放されることなく、強められ、助けられ、つかまえられて、守られますから、ありがとうございます。

私たちは自分を見つめると、本当に弱い存在であることを思いますが、この天地造られ、今なお、すべてを治めておられるお方が、私たちを支えてくださっていますからありがとうございます。

新しい一週間も、神様、私たちとともにいてください。

悩むとき、迷うとき、ゆきずまるとき、あなたを見い出すことができるようにしてください。

私たちは一人ではないことを感謝します。神様がともにいてくださり感謝します。

今、この小さなブログを通して、神様が一人と感じている人のために、祈りを集めてくださっていますから、ありがとうございます。

私たちが同じ神様から良いものをいただくとき、私たちは確かに一つですからありがとうございます。

どうぞ、主とともにおらせてください。

神様を近くに感じ、信頼できますように。

イエス様の優しいまなざしを感じて、慰められますように。

聖霊様が私たちのうちで喜び、満ちますように。

あなたがただ、お一人お一人を愛してやまないことを思います。

新しい一週間がそのあなたを感じて生きていけますよう祝福してください。

イエス様のお名前によって祈ります。

アーメン。」

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2009年7月 1日 (水)

“Sebaからあなたへの手紙”

手紙形式で、読んでくださる方に、私の思いを書きました。

『どうか、私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。』ガラテヤ人の手紙1:4

思い返せば、私は手紙を書くことが、大好きで、小さいころから手紙を良く書きました。小学4年のときは、文通していた友人がいて、その彼女と初めて会ったときの新鮮さを思い出します。

今は、メールで用事が済みますが、改めて、このブログ訪問の方にお手紙を書いてみることにします。

「お会いしたこともない、あなたを思いお手紙を書きます。

お会いしていませんが、いつも、私のブログを読んでいただいているというだけで、私の中では、あなたとの関係がつながっている不思議を思っています。

Setsuさんが、この前コメントで、『何があっても、私たちはキリストにあって、一つやで!』(たぶん、彼女は関西人?)と言ってくれました。

私は教会でダメージを受けてきたので、“キリストにあって一つ”という感覚を持ったことが今までありませんでした。

私自身もそのような記述を書いたのですが、彼女から言われて、そのとおり…とその思いがストンと心の中に入りました。

私は今まで経験したことのないことを体験しています。

神様の素晴らしさを分かち合いたいと、ブログ記事を書いている訳ですが、毎日のように見に来てくださるお一人お一人を思うと、お会いしたこともないあなたのためにと祈りがわいてくるのです。

神様から同じ良いものを受けて、私たちが共に神様にある祝福にありますようにと祈りが湧いてきます。

今まで、私の霊的賜物が教会の中で使われたことがあまりなかったので、それを分かち合うとそこに祈りが生まれるのを体験しています。

会ったことも、話たこともなく、あなたのことは何もわからないのに、訪問に来てくれ、分かちあってくれた事実に祈りが生まれるのですから、不思議です。

いつもパソコンナンバー(あるいは携帯ナンバー)で祈っています。

私たちはキリストにあって一つなのだと思います。

同じイエス様の赦しを受け、同じ神様の慰めを受け、同じ聖霊様の喜びの水を飲んでいます。

そして、キリストにあって一つというのは、この世の中でランチしたり、お酒飲んだりする楽しみに比べられないすばらしいことなのだと思います。それは天国の交わりです。

ブログを読んでくれるあなたは一人で私に向かってくれているので、“みんな”でキリストにあって一つという感覚はないかもしれません。

でも、私が体験していることを、また、皆さんに返していきたいと思っています。

私にとって、同じ神様の分かち合いをするあなたは、かけがえない存在です。

神様にとって、あなたがそうだからです。

この私のブログを書くということ、あなたが読んでくれるということが、私の中で主にある交わりとなっていますが、さらに、この素晴らしい経験の中で、私たちに神様が良いものを与えてくださるように祈ります。

いつも、訪問ありがとう。私はあなたに読んでもらい、支えられ、教えられていますから感謝しています。

主の恵みがあなたのうえに、さらにありますように心から祈ります。」

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