『いのちを豊かに持たせる約束』
イエス様にある人には、新しいいのちを与え、それを豊かに与える約束があります。
『わたし(イエス)は門です。だれでも、わたしを通ってはいるなら、救われます。また安らかに出入りし、牧草を見つけます。
盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。
わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。』新約聖書 ヨハネの福音書10:9~11
おはようございます。
今日も神様が私たちに関心を持ち、私たちを祝福したいと願ってくださっています。
聖書にある神様が約束してくださる生き方について考えてみたいと思います。
聖書では、イエス様にあるならいのちを得、また、それを豊かに持つとあります。豊かな人生を約束しています。
まず、神様は私たちが“自分らしく生きる”ことを願っています。
私たちは皆違う個性を与えられています。一人一人が“特別”な存在です。
神様は私たち一人一人が与えられた特性を最大限に生かして、そのままで生きていけることを願いました。
罪は自分自身のイメージをゆがめます。私が私としてありのままであっていいと思えるよう、イエス様の十字架の赦しを与えてくれました。
そして、赦された私たちは神様から愛される対象として生きていきます。
そのとき、私たちは与えられた自分を受け入れられている安心感の中、思う存分自分を発揮できます。
次に私たちは何のため、生まれたかです。
神様に愛されるためであり、神様の愛をもって互いに愛するためです。
また、一人一人に神様の特別な計画があり、そのことを成すためです。
神様の一人一人に与えられた能力と計画は変わらないとあります(ローマ11:29)
そして、どこに向かって生きているかです。
私たちはなんとなく生まれ、なんとなく死んでいくのではありません。
生まれたことに計画と意味があるように、向かう先もまた、ただの死ではありません。
イエス様を信じる人は、新しいいのち、永遠のいのちが与えられ、天国が約束されています。
ただ死で終わるなら、私たちは死に向かっているだけ、何をしても残りません。
聖書ではいつまでも残るものは信仰と希望と愛だとあります。(第1コリント13:13)
イエス様を信じ、イエス様の門を入っていく先には、ありのままで自分らしく、この世での計画をもって、信仰と希望と愛を目指し、天国にいけます。
イエス様が良い牧者となり、イエス様に頼る人たちを今週も導いてくださることを祈ります。
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