“神様から与えられた能力”
一人一人に与えられた神様のための能力について書きました。
『一つのからだには多くの器官があって、すべての器官が同じ働きはしないように、大ぜいいる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、ひとりひとり互いに器官なのです。
私たちは、与えられた恵みに従って、異なる賜物(たまもの)を持っている…。』新約聖書 ローマ人への手紙12:4~6
私たちはみんな違う形、違う特徴がある。
神様が私たちを選んで、「わたしのところに来なさい。」と招いてくださったときに、すでに、一人一人に特別な神様の国の役割を与えてくださった。
それを“召(め)し”とか“召命(しょうめい)”とか言うときがある。
私は自分自身に与えられている神様からの働き、役割、使命を個人的に知ることはとても大切だと思っている。
それは神様にある生きがいにつながるからである。
また、その役割に関係して、神様からの与えられた能力がすべての人に与えられている。
役割とともに自分にどんな能力、賜物が与えられているかを知ることも大切である。
私たちはその与えられた賜物を使って、キリストのからだを支え、その一部となるからである。
賜物や神様のための能力は、使えば使うほど増えたり、研ぎ澄まされたりしていく。
また、使うことによって神様と喜びを共にすることができる。(マタイ25:21)
広い意味で、私は自分が苦にならなくやれることは誰かのために与えられた賜物と思っている。
ブログを始めるまで、私がこんな形で、人と神様を分かちあえるとは思わなかった。
私の証好きや、人好きや、メール好き(携帯で書いている)が活きている。
私は小説とかあまり読まず、難しい言葉は知らず、長い文を読むのも苦手である。
それが、簡単なことばでブログを書き、2000字前後におさめてる理由である。
私のブログの中にも、私の様々な個性が出ていて、私から出た特徴として神様の分かちあいに使ってもらっている。
人には秘められたものも含め、何百とその人だけに与えられた神様に役立つ能力があると、ある本で読んだことがある。
そうなのだと思う。私たちに特別なふさわしい役割と能力を与えたのは神様である。
私たち一人一人がメイドイン神様…神様によって作られた作品である。
私はクリスチャンになったときに、すぐに神様からどんな役割を与えられているか教えてほしいと神様に願った。
神様を知らないときから、私は「私は何のために生きているか」とても追及していたからだと思う。
私たち自身の中に、神様の宝物はたくさん隠されている。
自分で楽しいと思えるものは、ほぼ与えられた神様のための能力である。
能力を能力として使うところに愛はないが、与えられた能力を神様と人のために使うとき、私たちは神様と喜びをともにする…これが神様からの最大のごほうびなのである。
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