2009年1月16日 (金)

大丈夫。やってみればいいよ。(主人の詩)

たとえ障害があっても、何も出来ないわけではありません。
自分だけのやり方で、自分だけのペースで、自分なりのゴールを設定して。

出来る事はいっぱいあるんです。(たぬき)

『恐れるな。わたし(神)はあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強め、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。』旧約聖書 イザヤ書41:10

大丈夫。やってみればいいよ。

自分のやり方で、自分のペースで。

その先にはきっと、少しだけ違う自分がいるから。

他の人が無理だって言うかもしれない。
自分で無理だと思うかもしれない。

でも、やってみないと無理かどうか分からないよ。

失敗してしまうかもしれない。

失敗ばかりが続くかもしれない。

でも、失敗したらまたやってみればいいよ。

立ち止まってもいい。やり直してもいい。

回り道してもいい。疲れたら、少し休んでもいい。

明日は自分のやり方が見つかるかもしれない。

明日は自分なりのゴールが見えるかもしれない。

だから、大丈夫。やってみればいいよ。

うまくいっても、いかなくても。

やってみたことは全部無駄にならない。
それは全部、自分の一部になるんだ。

変わっていないように見えるかもしれないけど、

一度に大きく変わるわけじゃないけど、
その先にはきっと、少しだけ違う自分がいるから。

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2008年12月10日 (水)

自分だけの道(主人の詩)

障害があっても、障害がなくても、他の人と同じように出来ないと思う事はたくさんあります。それでも、自分だけの方法を見つけて、少しでも自分の道を進みたいと思うのです。(たぬき)

『イエスはご自身の肉体という垂れ幕を通して、私たちのためにこの新しい生ける道を設けてくださったのです。』新約聖書 ヘブル人への手紙10:20

みんな通る道を、

あなたは通ること
が出来ないから。

自分だけの道を探して、

誰も通ったことの無い道を通って。

ここまで歩いて来たんだね。

その道は、時に
あなたを傷つける。

その道は、時にあなたに挑戦してくる。

絶対に通れないと思えるときがある。

道が見えなくなってしまうこともある。
それでもあなたは、また先に進む道を見つける。

応援してくれる人もいる。

アドバイスしてくれる人もいる。

それは大きな力になるけれど、

本当の答えは誰も教えてくれない。

それは自分だけの道だから、

それは他の誰も通ったことのない道だから、

自分で答えを見つけるしかないんだ。

今ここに立つあなたの姿は、

とても輝いている。
あなたの他には世界のどこにもない、

あなただけの光を放っている。

これからも、あなたの持つその光が、

輝きをましていきますように。

これからも、あなたの進むその道に、

たくさんの光がありますように。

私はいつでも祈ります。

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2008年12月 5日 (金)

もう少しだけ(主人の詩)

いじめ、病気、死の恐怖、裏切り、私も辛く悲しい出来事をたくさん経験しました。心が傷つくと、周りの声が聞こえなくなり、頑張れっていう言葉も、人の励ましも、なかなか心には届かなくなるものです。
そんなとき、一人でも多くの人に、少しでも心を回復できる場所が与えられることを願っています。(たぬき)

『エルサレムの娘たち。私は、かもしかや野の雌鹿をさして、あなたがたに誓っていただきます。揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。』旧約聖書 雅歌2:7

もう少しだけ、

今はもう少しだけ、
このままでいさせてください。

無理に呼びかけないでください。

無理に励まさないでください。

無理に起こさないでください。

時が来たら、私はきっと立ち上がりますから。

力をためたら、

私はきっと立ち上がりますから。

人にとっても、

春目覚めるための、
冬の眠りは必要です。

暖かなぬくもりの中で、

ゆっくりと回復するときも必要です。

だから、もう少しだけ、今はもう少しだけ、このままでいさせてください。

無理に呼びかけないでください。

無理に励まさないでください。

無理に起こさないでください。

時が来たら、

私はきっと立ち上がりますから。

力をためたら、

私はきっと立ち上がりますから。

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2008年12月 4日 (木)

闇は光に打ち勝たなかった

天地創造で「光よ。あれ。」と闇の中で言われた神は、今日もその創造の業を続けています。

『光はやみの中に輝いている。やみはこれに打ち勝たなかった。』新約聖書 ヨハネの福音書1:5

深い闇の底に暗い暗い闇があった

誰も手を付けられず その闇は静かに重くたたずんでいた

人は苦悩した

自分の心の底にあるこの闇は自分の力でも人の力でもどうすることも出来ない

その闇の名前は絶望・不信・呪縛・束縛・苦悩・拒絶・嫌悪・憎悪…

地上の光が届かぬ場所

イエス・キリストは光を携え降りてこられた

決して消えることのない変わらない光

その光の名前は愛・赦し・解放・自由・信頼・喜び・感謝

闇は一瞬にして無くなった

闇はこの光に勝たなかった

イエス様が光を照らしにやって来る

決して消えることのない

消されることのない真実な光を携えて

もしあなたの心に闇があるならイエス様の光がともりますように

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2008年11月24日 (月)

真実のことばを求めて(詩)

私は神様に出会う前は、自分や人や本や何かに自分を生かしてくれる真実のことばをいつも捜していました。

『この望みは、私たちのたましいのために、安全で確かな錨(いかり)の役を果たし…。』新約聖書 ヘブル人への手紙6:19

神様を知らないときも 私は聖書を読んでいた

この世の中にある確かな揺らぐことのない 真実のことばを捜し続けていた

弱い私は みじめなまま錨(いかり)となることばも知らず この世の濁流に流されるまま流れていた

神様を知ったとき聖書のことばは神様からのメッセージとなった

いつも聖書のことばが優しく囁(ささや)かれ

悟りのないものに光となって照らし

慰め 励まし 立ち上がる勇気と希望をくれた

今私の中で神のことば(聖書)は 凪(なぎ)のときも嵐のときも 錨となって 主の安心に留めてくれている

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2008年10月22日 (水)

私は歩く 一歩ずつ前へ(主人の詩)

障害をもっていても、障害を持っていなくても、会社に出れば厳しい現実にさらされる。優しい人ばかりではない。理解してくれる人ばかりではない。それでも、家族がいるから、どんな辛いことも乗り越えられる気がします。

『主よ。まことに、あなたは正しい者を祝福し、大盾で囲むように愛で彼を囲まれます。』旧約聖書詩篇5:12

私は歩く 一歩ずつ前へ。

人から見れば遅かったとしても。

人から見れば進んでいないように見えても。

人から見れば努力が足りないように見えても。

私は歩く 一歩ずつ前へ。

時に浴びせられる冷たい視線。

時に浴びせられる冷たい言葉。

時にひるんでも。

時に立ち止まることがあっても。

私は歩く 一歩ずつ前へ。

受け入れてくれる人がいるから。

受け入れてくれる場所があるから。

そして何より、必要としてくれる人がいるから。

私は歩く 一歩ずつ前へ。

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2008年10月17日 (金)

孤独から解放してくれたもの

不確かな私の中で確かなものは、神様のことばだけです。

『すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。』旧約聖書 イザヤ書40:6~8

心が真っ暗だと 何も立ち行かない

かつての私は 見た目は問題なかったが…心の中は真っ暗だった

真っ暗な中を渦巻いているのは虚しさと孤独と自己否定

そこから引き上げてくれたのは神様

そして神様のことば(聖書)だった

虚しさは永遠の目標に

孤独はキリストの愛に

自己否定は赦し(受け入れ)に変えられた

神様のことばは永遠に立つ

はかない不確か私の中で神様のことばは

変わることなく 揺らぐことなく希望に満ちている

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2008年10月 7日 (火)

私は心の手をたたく(主人の詩)

たとえ障害があっても、心を無くしたわけではありません。みんなと同じように、心躍らせる楽しい気持ちを持つこともいっぱいあるのです。(主人)

『いつも主にあって喜びなさい。』新約聖書 ピリピ人への手紙4:4

私は心の手をたたく。

嬉しいとき。

楽しいとき。

応援するとき。

歌うとき。

現実の右手はないけど、

手をたたきたい時はいっぱいあるんだ。

だから私は、心の手をたたく。

時には思いっきり声をあげ、

時には思いっきり手を上げて、

時には思いっきり足踏みして、

時には思いっきり踊って、

私は心の手をたたく。

心の手をたたくと、
気持ちはもっと弾むんだ。

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