自分の体験

2009年11月 2日 (月)

“私が弱いときこそキリストが現れる”

私が弱いときのことについて書きました。

『しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。

ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

ですから、私は、キリストのために、弱さ、侮辱、苦痛、迫害、困難に甘んじています。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は強いからです。』新約聖書 第2コリント人への手紙12:9.10

この世では強さが求められる。私たち自身も強くなることを願う。

しかし、聖書では、弱さの中にこそキリストの力が宿るとある。

私は今は、かつてより状況に左右されなくなったが、20代のときは、つまずき、ゆきずまり、動けず、倒れる…そんな繰り返しだった。

私が教会で働いていたときは、自分の心の弱さがとても表れていたときでもあった。

牧師の言動に傷つき動けなくなっているとき、一人の年配の友人から、「な〜んだ。弱いなぁ。」と言われ、ムッとしたことがあった。

彼は、牧師と戦っていた。「たとえ、無視されても、私は来続けますよ。」と、戦っていた。

何が正しいか、良いかはわからないが、一つの勢力に立ち向かう彼と、そこで萎(な)えていく私がいた。

私は確かに弱かった。

が、パウロが言う“自分の弱さに甘んじる”はまた、それとは違うのだと思う。

パウロは自分にある弱さ(肉体のとげ)に葛藤していた。イエス様に3度も肉体のとげを除くよう願った。が、それを最終的に、神様が許されたこととして受け入れた。

神様が、自分がごう慢にならないためのものと導かれ、受け入れた。

私は、自分の弱さをとても感じるときがある。反対にすぐいろんなことを忘れて自分が弱い存在だということを忘れてしまうときがある。

自分が弱い存在なのを受け入れているときは、弱く何もできないようで、実はイエス様に近いのかもしれない。

今は、自分の弱さを感じている時期で、そういうときは、人との交流も少なくなる。

けれど、そんな自分をイエス様が受け入れててくれていること、それでも変わることなく愛してくれていることのその恵みを感じる。そして、何もできないような中でも、主をあおぎ感謝している。

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2009年9月12日 (土)

“手を置いて祈った”

昨日、私は友人に手を置いて癒されるように願いました。

『イエスが山から降りて来られると、多くの群衆がイエスに従った。

すると、ひとりのらい病人がみもとに来て、ひれ伏して言った。

「主よ。お心一つで、私をきよめることがおできになります。」

イエスは手を伸ばして、彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ。」と言われた。

すると、すぐに彼のらい病はきよめられた。』新約聖書 マタイの福音書8:1~3

私は最近、誰かがどこか痛いと言うと、それがクリスチャンであろうとそうでなかろうと、手をおいて祈りたくなる欲求にかられる。

私に癒しの力が与えられていなくても、神様にあって癒してあげたいと思うようになった。

クリスチャンであれば、許可をもらって手を置いて祈る。

さっきまで、近くの個人宅で役員の人たちの飲み会があった。

10人ほど集まりにぎわった。

帰る時間も間近な頃、今、中学で2年間共に役員をやっている親しい友人と私は話しを始めた。

その役員の仕事で一番一緒にいる時間の多い友人である。

彼女が「パソコンの仕事をしているけど、首が痛くてつらい。腰とかから痛みが来ているらしく、整体に通っている。」という話しをとても詳しく始めた。

私は肩こりすらしない人間で、人のからだの痛みへの理解はとても鈍感である。

が、手を置きたい欲求で、彼女の話しを聞き入っていた。

彼女は言った。「“手当て”っていうくらいで、手を置くと違うんだよね。私も息子に手をあて、よく気を送ったりする。」

「どの返?私の場合、神様の霊によってなんだけど、手を置いて癒したいって思う。」と言って彼女の痛いという肩のところに手を置いた。

なんか神様の霊が流れている感じがした。

彼女も「流れてくるよ。首や手のひらがどんどん熱くなっている。」と言った。

彼女は気が流れていると理解していたが、私の理解は神様の霊が私を通して友人に流れているということだった。

「私にとっては神様のおかげなので、神様に感謝のお祈りしてもいい?」と言った。そして祈った。

「神様、癒してください。癒してくれてありがとうございます。イエス様のお名前によって祈ります。アーメン」

私は手を置きたかった話しを、彼女は私に手を置いてほしかった話しを分かちあった。

私たちはパイプ(管)であり、私たちを通して流れる分かちあいをした。

彼女は「遠くにいてもそれは流れていく。今もらったものを私はひとりの苦しむ友人に届くように願いながら送っている。」祈りを知らない友人の祈りを見た。

彼女とは長い時間一緒にいてきた友人だが、私が彼女の心を少し理解できたときだった気がした。

帰ってからも、私の彼女に置いた手はピリピリしていた。

話しにイエス様は出てこなかったけど、手を置いて癒しを願いたい人と、手を置いてもらい癒されたい人が一つになったときだった。

主よ。お心一つで、癒してください。あなたの愛する人を。

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2009年9月 3日 (木)

“父からの影響”(自分史7)

親から受けられなかった欠乏を神様は埋めてくれます。

『神よ。私を探り、私の心を知ってください。

私を調べ、私の思い煩いを知ってください。

私のうちに傷のついた道があるか、いなかを見て、私をとこしえの道に導いてください。』旧約聖書 詩篇139:23.24

私が小学6年になるとき、私たち家族は再び転勤になり、小学1.2年を過ごした街に戻ってきた。

貸家を借りて、住んだ。母は外にパートに出るようになった。父は退院して、家にいたりした。仕事もしていたかもしれない。

病院から退院した父は人格が変わっていた。

かつては、とても知的で、社交的で、いつも子どもたちのことを一番に考えてくれる素敵な父だった。

精神をわずらい、薬のせいもあるのか、目の前の父は、出された食べ物を子どものことも考えずに食べるような人になっていた。

そのときの私は、変わり果てた父を受け入れられずにいたと思うが、何も考えないようにしていた。

父が変わったことに対する気持ちは誰にも話したことがなかった。話したら恐ろしいことになるから話せなかったのかもしれない。

たぶん、こんな父親は私の父ではない。いなくてよい…と無意識の中で思っていたと思う。

子どもはそのときは、愛されているか、愛されていないかはわからないと聞いたことがある。

私は精神的に父不在となってしまったが、寂しいと思った記憶もない。

が、半世紀生きてくると、父不在の影響が、そのときの自覚しなかった寂しさが長く私の心の傷となって、深いところで影響していたのがわかる。

完全に癒されたと思ったが、まだ、癒されていない部分があるかもしれない。

けれども、神様はその誰にも知られないような深い傷まで、癒しおおいたいと願っておられる。

私は6年のときまで戻り、病であった父を赦し、受け入れられなかった私をイエス様に赦してもらった。

あのころ、オリンピックがあり、白熱するバレーボールを家族で見ていた。

そのとき、私が何を感じたか覚えている。

「この人たちはこんなに勝つことに執念を燃やし、いいなぁ。私はこんな一生懸命なことがなく、虚しいなあ。」と思った。

やがて、私のこの小さな虚しさは少しずつ、成長とともに大きくなっていくことには気がつかなかった。

人は愛されるために生まれてきた…とイエス様にあって良く聞く。

私の両親からの愛されることの欠乏は、私が生きていく意味を見失うところまでになっていく。

けれども、神様に感謝する。不完全な親に愛されることを受けきれなかった私たが、神様のあわれみとイエス様の赦しの愛の中、少しずつ癒されていった。

♯♯♯

神様、人は皆いろんな環境の中で育ちます。

しかし、神様は平等な方で、地上の親の欠乏を埋めてくださる方であることを感謝します。

癒し主なる神様、誰にも埋められない心の空白を癒し、主の愛でおおってください。

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2009年8月22日 (土)

“自己回復2・傷の癒し”

癒されることが、イエス様の十字架によって、すべての人に約束されていることを思います。

『あなたの神、主は、あなたのただ中におられる。

救いの勇士だ。

主は喜びをもってあなたのことを楽しみ、その愛によって安らぎを与える。

主は高らかに歌ってあなたのことを喜ばれる。』旧約聖書 ゼパニヤ書3:17

かつての私の心の中は“神様の平安”とかとは、ほど遠く、いつも沈んだり、怒ったり、悲しんだりばかりしていた。

どこから癒されてよいか、わからないほどに荒れ果てていた。

が、罪を告白し続けるて赦しを受けとること25年、そして、4年前からは、人を赦して手放していくことの中で、私は多くの部分が癒された。

すると、今までは、何を祈って癒されていいのか糸口さえ見えなかったのに、一旦癒され始めると、平安が普通の状況になる。

その中で、たまに揺れ動くとき、それがどこから来ているのか良くわかるようになった。

教会と牧師を赦し、神様から赦しをたくさん受けた後、私の心の奥底に2つの傷が残っているのがわかった。

一つは母からの傷で、権威者を裁く思いが、なお、あるのがわかった。

もう一つが父からの傷で、父から受けられなかった愛情を人から受けたいという思いだった。

とにかく、この2つに取り組んだ。神様と祈って会話しているときは、ほとんどの話題がこのことだった。

なぜ、そこまで、この残された深い傷を癒されたいと思ったか…その傷の影響が大きくなっているとき、一番楽しみにしている“神様と話をする”ということがスムーズにいかなくなるのが嫌だった。

最後のこの大物の傷が癒されたかった。

日記も書きまくった。一ヶ月で、一冊書いたりした。良く聖書の言葉を探しながら、祈った。

神様のあわれみの中、神様の啓示の御霊によって、悔い改めに導かれ、その傷が癒された。

私はその心の中にレギオン(大勢の悪霊)がいたのではないかと思うほど、否定的で殺那的で、破壊的だった。

が、イエス様の十字架の赦しによって平安がもたらされ癒された。

だから、癒されない人の苦しみも知っているし、神様の癒し方は千差万別かもしれないが、求めるものには必ず与えられることを信じている。

私は神様が癒してくれたこと、癒されるまでは絶望的なとてもひどい状態だったこと…神様のみわざのすばらしさとそのあわれみ、いつくしみを思うときに、すべてを証しても足りないくらいだと思う。

私が特別だったのではない。

聖書には、イエス様による平安と癒しがはっきりと約束されている。(イザヤ書53:5,第1ペテロ2:24)

私たちがイエス様の十字架によって罪を認め告白し、赦されていくとき、私たちのマイナスのダメージはなくなり、神様から良いもの(神様の愛、喜び、平安、あわれみ、慰めなど)をすぐに常時受けられるようになる。

イエス様の十字架は救われ、天国に行くために有効なだけなのではなく、私たちのダメージを癒され、神様の中に入れられていくために大切なのを思う。

神様がお一人お一人を喜び、楽しみ、愛をもって安らぎを与える対象として、いつも見てくださっていることを、聖霊様と聖書のことばを通して、豊かに知ることができますように。

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2009年8月20日 (木)

“時を越えて解かれた誤解”(自分史6)

35年の歳月を越えて、神様が私の中にあった誤解を解いてくれた話しです。

『互いに忍び合い、だれかがほかの人に不満を抱くことがあっても、互いに赦し合いなさい。主があなたがたを赦してくださったように、あなたがたもそうしなさい。

そして、これらすべての上に、愛を着けなさい。愛は結びの帯(おび)として完全なものです。』新約聖書 コロサイ人の手紙3:13.14

小学5年の担任の先生は、メガネをかけた中年の男の先生だった。

転校してきた私だったが、勝ち気な性格で、皆に溶け込んで、楽しく遊んでいた。

ある体育の授業のとき、何かで、クラスの男の子と喧嘩になった。

勝ち気なわりに、泣き虫な私は、その喧嘩がよほど悔しかったのか、泣いた。

すると、私だけ職員室に呼ばれた。担任の先生に事情を話しした。職員室を出ようとしたとき、先生に呼び止められた。

「Seba、あまり真剣になるな。」と言われた。なんだか私のすべてが否定されたようで悲しさだけが込み上げてきた。そのまま、私は職員室を出た。

たったそれだけのことだったが、その先生の記憶と、そのときの出来事が鮮明に記憶に残っている。

あれから、35年の後、私は人生の過去を振り返り、思い出せる人々を赦す祈りをするよう導かれた。

赦さないのは、その人をつかみ、その人に支配され、その人の悪影響を受け続けると本で読んだからだ。私は神様以外の人から支配されたくないと思った。

私は過去の悪い記憶にあるすべての人の名前を上げて、赦す祈りをした。

その頃、パートで働いていた飲食店の調理場で、きゅうりを切りながら、導かれて一人一人思い出して祈った。

「〜さんをイエス様のお名前で赦します。」と一人ずつ祈った。

なんと上がる名前の多いことか!

そして、小学5年のところで、その担任の先生を赦す祈りをした。

全部祈り終わった後、つきものがとれたように、なんだか心が晴れやかになり、すっきりした感じがした。

そして、過去の何十人という人たちを赦したが、その先生に対して、神様からの悟りをいただいた。

「そうか、あの先生は、そんなに真剣に思いつめると、自分が苦しくなるだけだよ…と言いたかったんだ。私を否定したり、責めたのではなかったんだ。」と。

35年ぶりにとけた誤解だった。

ときに思いやりの言葉をかけられても、自分の心にかかっているヒィルターで、人を判断したり、傷を受けたりすることもある。

万一、悪意でされたことであっても、良いことに変えてくださる神様は、月日を越えて私の中にあった誤解をも解いてくださる方だと思った。

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2009年8月15日 (土)

“40年前を謝る”

母とのことを思いました。

『もし人の罪を赦すなら、あなたがたの天の父もあなたがたを赦してくださいます。

しかし、人を赦さないなら、あなたがたの父もあなたがたの罪をお赦しになりません。』新約聖書 マタイの福音書6:14.15

昨日のブログに父の入院、母の苦悩を書いた。

小学5年の私は、不思議と泣いたり、悲しんだ記憶がない。

すべてに鈍感な子どもだったのか、母が悲しい話しをしなかったために、心に残っていないのか、ただ、その場面だけが浮かぶ。

それでも20年前に、自分史を書いたときに書き進められず、終わった場面である。

昨日、父、母の描写を書いて、私はその40年程前のあのときにワープしていた。

そして、父の悲しみ、母の悲しみが不思議と一人の人として客観的に理解出来た気がした。

あの頃、暗く、悲壮感の漂う、ヒステリックな母は嫌だった。子どもの私は、可哀想なお母さん…という気持ちはあったか定かではない。

父に至っては、子どもながらになんと受け止めてよいかわからなかった。

私の家庭は悲惨だったが、なぜか私には楽しかった学校生活の思い出しかない。

今日、父母を思いやることの出来なかった子どもだったことをイエス様に謝った。

あの頃の出来事は私が自己否定になる環境の前段階だった。

精神的に父不在となった私は、思春期に入ると、価値観の合わない母と喧嘩ばかりしていた。

母に理解されたいのに理解されず、いつの間にか、母の価値観に自分を否定され、自己嫌悪のかたまりになる。

私が一番最初に神様に、人を赦す祈りをしたのは、クリスチャンになって8年、29歳のときだった。

「神様、私にダメージを与えた母を赦します。」と礼拝の中で祈った。

それから一年後、母は天国に召された。そのとき神様は、私と母を和解させてくれた。母の慰めに満ちた死が、私が母を赦し、親不孝者の私が赦されたときだった。

40年前のことの母のことを私が神様に謝るに至るとは思わなかった。

神様への賛美は、赦された深い思いからくると、マーリン・キャロザース師の「天国の到来」に書いてあった。

マタイの福音書の『人を赦さないなら、神様もあなたの罪を赦さない』というのは、文字通り赦されないという意味ではなく、人を赦さないと、赦されていても神様の赦しを受け取れないという意味と思う。

いつも心柔らかくして、いつでも赦しを受けとれるものでありたい。

∞∞∞

天国の母さん、喧嘩ばかりして、母さんの苦労は全然わかっていなかったけど、たくさん私たちのために苦労してくれたのですね。ありがとう。生きているときに、労をねぎらうことばを一つもかけてあげられなくて、ごめんね。

そんな私の罪もイエス様の十字架で赦され、責められていないから、ありがたいです。

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2009年8月14日 (金)

“鉄格子の父と悲しみにくれる母”(自分史5)

父の精神病院の入院、脱走の話しです。

『わたし、主は、義をもってあなたを召し、あなたの手を握り、あなたを見守り、あなたを民の契約とし、国々の光とする。

こうして、盲人の目を開き、囚人を牢獄から、やみの中に住む者を獄屋から連れ出す。

わたしは主、これがわたしの名。わたしの栄光を他の者に、わたしの栄誉を刻んだ像どもに与えはしない。

先の事は、見よ、すでに起こった。新しい事を、わたしは告げよう。それが起こる前に、あなたがたに聞かせよう。』旧約聖書 イザヤ書42:6~9

医療は進歩している。精神病の治療方法も、入院環境も昔と今では違うのだと思う。

私は最近、クリスチャンの友人を見舞いに、山里離れた精神病院に行ったが、普通の病院と変わらず、とても綺麗だった。父のときのような薄暗さはみじんもなかった。

父が当時で言う分裂病を発症したのは、私が小学4年。40年近く前になる。

小学5年、小さな田舎町に私たちは引っ越しをした。

近くの町の父が入院する精神病院に、母と姉と3人で、一度だけ、お見舞いにいった。

各畳の狭い部屋に鉄格子がされてあった。その中にいる父が母に「母さん、なんで俺はこんなところに入れられてなくちゃ、ならないんだ。」と悲痛な叫びの訴えをしていた。

私たちには、「父さん、お前たちに手紙を書くからな。」と言った。筆まめな父は、実際、私たちにたくさん手紙を書いて送ってくれた。

帰り道、母も姉も私も無言だったように思う。駅に近いところで、3人でラーメンを食べて帰った。

母はどんなにか苦しかっただろうと、今、改めて思う。頼もしい大黒柱の父を頼りにしていた母は、大黒柱を失い、病の父を背負うことになる。

母は神経がピリピリしていた。私と姉はよくふざけて遊んでいたが、笑うと怒られ、「姉ちゃん、バカ」とかふざけていると、「誰がバカだと!」と、母に怒鳴られた。

私は初恋があったり、毎日お友だちと遊んだり、姉との楽しい毎日で、あまり暗くはなっていなかった。毎日、相変わらず、遊ぶのに夢中で楽しかった。

が、母の気持ちを思いやる私はいなかったなぁと思う。

母も子どもには負担をかけまいとあまり父の話しはしなかったのかもしれない。

ある日、母の実家に行き、夜の9時頃、電車で帰ってきた。駅から1分の貸家に向かう途中だった。

母が「あらぁまぁ、なんてことなの。」と叫び、家に近づいたところで立ち尽くした。

暗い家の前に人影があった。裸足で病院を抜け出してきた父だった。

父はどうしても、家族がいる家に帰りたくて、病院を抜け出して来た。

家に入ることもなくタクシーですぐに病院に戻された。

その母の悲痛な叫びとその場面だけが記憶に残っている。

私は母と性格が合わす、母を悪く書いて来たが、どんなに母は苦しかっただろうか。負いきれない重荷を父同様、母も負い、苦しんでいた…今、書きながら母の気持ちがわかるような気がする。

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2009年8月11日 (火)

“父病を発症”(自分史4)

父が精神病を発症した話しです。

『見よ。わたし(神)のささえるわたしのしもべ、わたしの心の喜ぶわたしが選んだ者。わたしは彼の上にわたしの霊を授け、彼は国々に公義をもたらす。

彼は叫ばず、声をあげず、ちまたにその声を聞かせない。

彼はいたんだ葦(あし)を折ることもなく、くすぶる燈心(とおしん)を消すこともなく、まことをもって公義をもたらす。

彼は衰えず、くじけない。ついには、地に公義を打ち立てる。島々も、そのおしえを待ち望む。』旧約聖書 イザヤ書42:1~4

小学3年、雪の中父と手をつなぎ、街を歩いていた。「クリスマスはどうして、学校が休みではないのだろう」と思ったのを覚えている。

学校でも、家でもたくさんの楽しかった思い出がある。

子どもながらに、「これがしあわせっていうのかなぁ。」と思ったのを覚えている。

小学4年、父は仕事の上での責任の重圧と、胃潰瘍が悪い病気でないか悩んだことが重なり、神経衰弱になる。

異変はあった。怒ることの無い優しい父が、家族でレストランに行ったとき、水の置き方が悪いと、ウェイトレスに怒った。

田舎に帰ったとき、「神経衰弱」と心配して言う父のめいっこに父は喧嘩ごしで怒鳴った。

父の変わっていく姿に子どもたちはやるせない思いで黙っていた。

母から詳しい説明はなかったと思う。

知的で優しく、子煩悩な父は当時の分裂病、今でいう統合失調症で、近くの町の精神病院に入院した。

学校や、お友だち関係は変わらず楽しかったが、家庭は一変した。

平凡な我が家は、何かがガラガラくずれた。いつも美しく髪をセットし、綺麗な母は化粧もせず、憔悴しきっていた。

あの頃、良く同じ夢を見た。人が殺されるような怖い夢で、目が覚めては、隣で寝ている母を起こして、一階のトイレに連れていってもらった。

私は友だちとかと毎日毎日遊んでばかりいて、まだ、楽しいことのほうが優っていたような気がする。というか、入院中、父の病気を詳しく子どもたちは聞かされていなかったからかもしれない。

そんな楽しかったその土地も小学3、4年だけ過ごし、また転校になった。

父は国鉄職員のエリートコース、いずれは駅長の道が約束されていたが、今思うと病によって、その道は絶たれ、左遷になったのだと思う。

私たちは、さらに小さな田舎町に引っ越すことになった。

姉は泣き、私は新天地にワクワクしながらの転校となった。

何人かに見送られ、私たちは小さな田舎町に引っ越しをした。

父の負いきれなかった重圧に、父は病気になった。人は弱く、壊れやすい。

看護師の姉が大人になって私に、「私たちも父親の血を引き継いているから、そのような病気になる可能性もあるんだよ。」と言ったことがある。

私も父親似で、繊細?なところがあると自分では思う。が、神様がともにいてくれて、私の負いきれない重圧は神様が負ってきてくれたのかもしれない。

人は壊れてしまいそうになるくらいに弱い存在…と父から教わったのかもしれない。

イエス様は“いたんだ葦を折ることもなく、くすぶる燈心を消すこともない”最も弱いものをさえ傷つけずその存在を保たれるお方であることは、大きな慰めである。

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2009年8月10日 (月)

“地域納涼祭”

地域の納涼祭があり、お手伝いをしました。

『さあ、わたしの父に祝福された人たち。世の初めから、あなたがたのために備えられた御国をつぎなさい。

あなたがたは、わたしが空腹であったとき、わたしに食べる物を与え、わたしが旅人であったとき、わたしに宿を貸し、わたしが裸のとき、わたしに着る物を与え、わたしが病気をしたとき、わたしを見舞い、わたしが牢にいるとき、わたしをたずねてくれたからです。』新約聖書 マタイの福音書25:35

8月になると、町内会の納涼祭がある。

息子が小学生時代に、私はPTA役員をやって、地域の方々にとてもお世話になった。

そのことを通して、地域がそこに住む人を支える可能性の大きさを感じた。

地域の弱者は地域でカバーして、支えていけたなら、一番理想なのではないかと思った。

また、PTA役員時代にお世話になって、自治会長の方たちとの交流も始まり、地域の中にすんなり入れてもらえた。

そんな愛着のある地域の人たちと年に一度の大イベントが納涼祭である。

前日、当日、朝5時集合で準備作業が始まる。当日は、私は来賓接待で、ビールやおつまみを運びに走る。

後日のかたずけ、打ち上げ、全部に出て、去年は疲れきって、はぐきが腫れた。

平均年齢は70歳位だろう、年配の男の方たちが力仕事から何まで、手際良くやる。その体力と熱意に頭が下がる。

今年は私は祈り、守られて疲れることなく、準備、当日、かたずけを終えた。

今、地域を支えてくれている方々は、確実にこの70歳代の方たちだ。60代は少ないし、50代はほとんどいない。

私は誰に頼まれた訳でもないが、次を担う世代の人たちが加わるのは、自分に与えられた責任のように感じている。

ボランティアに出てくる人たちは皆さん、前向きで楽しい人たちばかりである。

私より20歳位上の人とも友だちのように話せて、楽しい。

お一人、お一人が尊い神様の作品であり、すばらしい。

地域力、これが希薄になる中、どうしたら、若い世代の人たちが、この地域の一員という特権と楽しみを知って、このコミュニティに入ってきてくれるか、私のいつもつきまとう課題である。

今回のお祭りは、降水率70%という中、雨にも降られず、無事、終わった。

何をした訳でもないが、無事終わったことがとても嬉しかった。

リーダーとなられた、自治会長さんは、親しくさせてもらっている一人なので、どんなに大変だっただろうと、私は何度も何度も「お疲れ様でした。」と労をねぎらう声かけをさせてもらった。

神様が私に、この地域の人たちに愛着を持ち、祈らせてくれているのを思う。

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2009年8月 8日 (土)

“転校”(自分史3)

小学で初めて転校したときのエピソードです。

『私たちは神の作品であって、良い行いをするためにキリスト・イエスにあって造られたのです。神は、私たちが良い行いに歩むように、その良い行いをもあらかじめ備えてくださったのです。』新約聖書 エペソ人への手紙2:10

小学に入学して、すべてが新鮮で、楽しかったように思う。

性格は“おとなしかった”と一年生の通信簿にある。おとなしかったし、控えめだった。

父の仕事の関係で、小学校を3回、転校した。私の転機は、3年のときに、小さな町に転校したときから始まる。

姉は転校のたびに、お友だちと別れるのが悲しくて、泣いていた。

私は転校するたび、その新しい土地での新しい出会いにワクワクした。

3年の転校した日、体育館でみんなで鬼ごっこをした。そして、初っぱなから、女の子と喧嘩した。

たぶん、おとなしかったのはまちがいで、こちらの気が強い私のほうが、本当の私だったと思う。

田舎への転校生ということで、注目もあびた。

そんな中で、一人の女のベテラン先生が 私のクラスの担任だった。

その先生は私に非常に良いものを見い出してくれた。今まで、誰も見い出してくれなかった私に秘めた可能性を高く評価してくれた。

そんなことが、私が自分に自信を持つ一歩になったと思う。

理科観察係になり、おたまじゃくしとへちまの観察を先生とともにした。興味深く、楽しくやった。

通信簿には次のように書かれてある。私が、9年間の小中学校で、もっとも評価してもらった時と思う。

「静かな生活の中にも、常に自分で目標を持ち、実行しようと努力している。

おたまじゃくし、へちまの飼育などを1日も忘れたことがなく、観察の目もするどい。

思慮深く、他人の行動をいつも批判的にながめている。」

このときから、私は変わった。目立たず、いつも人の後ろに隠れていたような私は、学級委員長とかをやるようになった。

担任の先生に良いところを認めてもらい、責任を任され、自信をつけていった。

私たちは、誰もが神様の作品で、一人一人が隠された良さを持っている。

それを見い出してくれる人によって、人は伸びていくのだと思う。

子どもの個性はその子どもだけの宝物である。認め、誉めて育ててこそ、良いところが伸びていく。

人もまた、すべての人が神様のすばらしい作品である。認めあい、受け入れあうことによって、互いが成長していくのを思う。

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2009年8月 2日 (日)

“幼少時代”(自分史2)

幼少時代は平穏な日々でした。

『あなたがたも、自分の子がパンをくださいと言うときに、だれが石を与えるでしょう。…

してみると、あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えるのを知っているのです。

とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。』新約聖書 マタイの福音書7:9~11

私は、親は不完全であっても、幼少時代は、平凡で穏やかな日々を過ごした。

父が、私が就学前に胃潰瘍で入院したが、あまり記憶にない。

優しい母親と可愛がってくれる姉、近所の人たちに可愛がられ、いろんな友人と遊びに暮れる日々だった。

父は、本が好きで、社交的で、趣味が多く、子どもを可愛がる人だった。

父の口癖は「ほしいものがあったら、何でも買ってやるぞ。」だった。

週刊少女マンガを毎週買ってきてくれていた。

が、優しく怒ることのほとんどない父だったが、不思議と私と姉は父に遠慮がちだった。

姉が言うには、亭主関白的な父に、母はいろんなことを控えめであったらしい。

そんな父と母の距離を子どもながらに私たちも察していたのか、父にいつも遠慮している私がいた。

それでも幼少時代は楽しい思い出だけが残っている。

親のもとで安心して過ごす子どもにとって、明日は思いわずらわない。自分は知恵も力もなく、いろんなことができないが、責任を持って守ってくれる家族がいる。

その中で、安心しきって、その日、その日を過ごす。

私がクリスチャンになって、三位一体(神様、イエス様、聖霊様が3つでひとつ)なる神様の中で、長い間一番身近に感じたのが、“天のお父さん”と呼べる神様だった。

それはもしかしたら、幼少時代だけではあったけど、優しく頼もしい父と神様が重なり、すんなり入っていけたのかもしれない。

虐待されて育った人などは、神様に優しい父のイメージをすぐ持つのは難しいかもしれない。

人となられたイエス様からや、ダイレクトに働く聖霊様や、神様はその人にあったところから神様の世界に導いてくださるのかもしれない。

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2009年7月22日 (水)

“教会の遠く外まで”

教会の遠く外のクリスチャンと関わったときの話しです。

『私は、ギリシャ人にも未開人にも、知識ある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。

ですから、私としては、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を伝えたいのです。』新約聖書 ローマ人への手紙1:14.15

教会の遠く外にいて、教会に入ることのできない方とやりとりをしたときのことを思い出しました。

その方の信仰は、幼子のごとく、純粋でした。

彼はなぜ、教会たちから締め出されたのか、私たちは最後まで関われなかったのか思います。

私の歩んだ教会たちで話しをした教会が閉じられる少し前の話し。

牧師夫妻が、一人の女性の方をしばらく、自分の家に住まわせていた。

彼女には付き合っている方がいて、一時その方から離れるために、そこに居候させてもらっていた。

もう、彼のところに戻ったり、そこから脱出?したり繰り返していた。

どちらの方も、精神的に病んでいて、依存して付き合ったり、うまくいかなかったりだったのだと思う。

その彼女が、私の電話を彼に教えたので、彼から良く電話がくるようになった。

依存症なので、一度頼れる人だと思うと、四六時中電話がくるようになる。

私も悩んだ。「これから、病院行くのだけど、何と言ったらいいか。」など聞いてくる。

本当は、教会の牧師が対応してくれるといいのだか、かつて、嫌な思いをしたらしく、彼とは関わらないとの一点張りだった。

彼の、人に理解されない言動は、店や教会を出入り禁止されるほどだった。

まさに、世の中からも、教会からも締め出された状態だった。

言動は人から理解されなかったが、彼の信仰は幼子のごとく、素直な信仰だった。

「sebaさん、牧師は僕を赦さないというけれど、イエス様によって、僕も牧師もみんな赦されているんですよね。」と良く言っていた。

彼の信仰だけが純粋に輝いていた。

けれども、四六時中の電話には私も閉口した。

私も悩んだ。私も彼との関係を切ると、誰も頼る人がいなくなるのではないか。

神様に祈り、何人かに相談した。

結局、自分のできないことは、できないと神様にも人にも言おうと言うことになり、彼にもう電話で受け答えはできないと話し、わかってもらえた。

私自身も、自分に自信を無くした。

彼が女性だったら、まだ、もう少し対応できたのだろうかとかいろいろ考えた。

「神様、私には男性の方に福音を伝えたり、関わるのは難しいですか。」

その祈りをしていたとき、神様が答えてくれた聖書のことばがこのローマ人の手紙の箇所だった。

「誰にでも福音を伝えなさい」と神様から言われた気がした。

彼はどうなるのか。教会でチームとかあって、一人の人に対応できたら、一人の負担にならずに関われるのかもと思う。

その前に、彼を理解する人が教会にいなければ、彼はいつまでたっても、出入り禁止状態なのだと思う。

教会の外に神様の愛が具体的に表されますように。

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2009年7月16日 (木)

“ブログ一周年”

ブログ一年にあたり、その経過とこれからの報告です。

『わがたましいよ。主をほめたたえよ。私のうちにあるすべてのものよ。聖なる御名をほめたたえよ。

わがたましいよ。主をほめたたえよ。主の良くしてくださったことを何一つ忘れるな。

主は、あなたのすべての咎(とが)を赦し、あなたのすべての病をいやし、あなたのいのちの穴からあがない、あなたに、恵みとあわれみとの冠をかぶらせ、あなたの一生を良いもので満たされる。

あなたの若さは、わしのように、新しくなる。』旧約聖書 詩篇103:1~5

去年の7月17日に、突然主人に「ブログの画面を作ったから、ブログ書いてみて。」と勧められ、ブログを初めて書いてみた。パソコンも開けない私は、人のブログも見たこともなかったが、ノンクリスチャンの友人に、私のこれまでの歩みの神様にある体験を伝えたいと思った。

まわりのノンクリスチャンの友人や知り合い50人くらいに、とにかくブログ案内をして歩いた。

そして、49年の私の体験と、そこから神様に教えられたことを書いた。書きまくった。そしたら、ネタが無くなり、ゆきずまった。

ある日、「私は教会では苦痛を感じている者だ」と控えめに書いた。(見てくれている人がノンクリスチャンの友人と思うと、教会に対する私の正直な気持ちを書くことにとてもためらった。)

それが、クリスチャンの方に共感されて、だんだん信仰ネタを書くようになった。

だから、いつも見てくれる友人には、分かりにくい話でごめんなさいという思いがあった。

が、一度、正直な気持ちを書いて、共感してもらったりして、私のブログはしっかり信仰ネタブログになってしまった。

その中で、自分の過去を書きながら振り返り、たくさんのことに気がつかされた。

25年の教会生活の苦痛は、今、神様の恵みを分かち合うためだったと理解できたときは、嬉しかった。「神様、苦しみの25年ありがとう」と感謝に溢れた。

5月に教会の中と外というテーマが示され、私自身は悔い改めるとブログで宣言した。

恵みの悔い改めに導かれた2か月だった。ブログの記事では分かりにくいが、とにかく霊的な深いところを探られ、良く泣いて祈った。

私はブログを通して、そして読んでくださる方に支えられ、見えないところで神様に取り扱われた。

神様にある良いものを分かち合う恵みも体験させてもらった。

聖書のことをたくさん語られ、書けてきたことは恵みだった。

たくさんの訪問してくださる方たちとのコメントにも励まされ、コメント無しでも、1日に何度も来てくださる方たちに励まされた。

今、また、私の中で、新しいことが起こっていて、聖書を知る知恵の御霊はどこへ…という感じで、知性が緩慢(かんまん)になっている。

何度も来てくれる方のためにたくさん記事をアップしたいが、神様次第という感じである。

“私の歩んだ教会たち”シリーズもあと2回で終わり。私の教会遍歴にお付き合いいただき、読んでもらいありがとう。

新しいシリーズとして、“自分史”をもう一度、順を追って書こうと思う。まさに私の癒しの旅の証である。

創世記も終わったら、マタイからイエス様を見ていきたい。こちらは、知恵の御霊様次第という感じだが。

自分がどういう状況であれ、神様の良いものを皆さんと分かちあい、また、特に教会の外にいる方たちの癒しのために祈りたい。

記事は少なくても、前よりたくさん礼拝し、今、いろんなことを祈れている。聖霊様のすばらしい体験の中にあって、良い形で、聖書を通して分かち合いたい。

ブログ一年のこれまでとこれからを書いた。

訪問してくださる方々一人一人を心から感謝している。

さらに、ともにすばらしい主を分かち合いたい。

皆さま、今後もよろしくお願いします。

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2009年7月14日 (火)

“養い育てる天の父”

天のお父さんの前に、子ども時代を過ごす大切さを思いました。

『ですから、あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てて、

生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。

それによって成長し、救いを得るためです。…

主のもとに来なさい。』新約聖書 第1ペテロの手紙2:1~4

子どもが子どもとして、その時代を過ごさないと、大人として成長できないことを思う。

小さいときの子どもの仕事は“遊ぶこと”であり、“わがままを言う”ことかもしれない。

そんな中でいろんな体験をし、経験を積み重ねる。そんな中で、自分が大人たちから愛されていること、受け入れられていることを知り、間違いを正されることを学ぶ。

同じように、クリスチャンもまた、子ども時代を経ないと大人になれない。

私は息子と祈った2つの祈りを今日、鮮明に思い出した。

一つは、私が息子と毎日毎日遊ぶ3歳の頃、お気に入りのドラミちゃん人形(2センチ位の手のひらにのる物)を、さっきまで遊んでいたのに、無くしてしまった。

探しても探しても見当たらない。

「おかしいねぇ。神様にお祈りしてみようか。神様、ドラミちゃんを見つけてください。」

すると、どちらが入れたのか、ツリーの長靴の中から見つかった。

もう一つは、息子が小学4年のとき、不登校ぎみになる。

「ママ、どうして学校に行かなくてはならないの?」

来る日も来る日も聞いてくる。はじめは、立派な大人になるためとか適当に答えていたが、私も変えられていく。

「そうだね。それじゃさ、どうして学校に行かなくてはならないか、神様に聞いてみようか。ママも20歳のとき、何のために生きるのか神様に聞いて、答えを教えてもらったんだよ。」

「うん、祈る。その答えがわかったら、僕、洗礼を受ける。」

結局、その答えはわからないまま、また、なんとか学校に行き続け、その祈りもその何回か止まりだった気がする。

168センチの大きくなった中2の息子は、「母親はご飯を準備してくれれば、あとは困らない。」という感じで、生意気になった。が、そのときの習慣の名残が一つだけある。

それは、毎月送られてくる80円のキリスト教冊子らみい(15ページ位のマンガ冊子)を欠かさずに読んでいること。

今は教会にも行かないが、子どものような食べ物(冊子)を食べ続けている。

私は神様の前にたくさん、わがままを言ってきた。そんな私に天のお父さんは優しく一つ一つ教え、さとし、養ってくれた。

今、私の天のお父さんへの信頼は、子ども時代のたくさんのわがままな祈りの積み重ねの結果だと思う。

私はそうやって、少しずつ天のお父さんを知り、信頼を深めたのだと思う。

綺麗な祈りや求めを神様は望んではいないと思う。

本音の、身近な必要に応えてくれる神様は、やがて、私たちの信仰を成長させ、私自身を越えた約束を祈る者としてくださる。

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2009年7月11日 (土)

神は“敵を愛する者”に変えられた

自分の力ではできないが、私は“敵”を祈るものに変えられた話しです。

『「自分の隣人を愛し、自分の敵を憎め。」と言われたのを、あなたがたは聞いています。

しかし、わたしはあなたがたに言います。自分の敵を愛し、迫害する者のために祈りなさい。』新約聖書 マタイの福音書5:43.44

人間の愛情は、深ければ深いほど、それが変化したとき、その憎しみは深い恐ろしいものになる可能性を思う。

サスペンス物ではないが、殺意にすらなりうる。

私も過去扁で書いたが、若いとき、とても祈っていた好きな男性の人にふられたとき、自分の内側に湧いてくる恐ろしいものを見て、唖然とした経験がある。

そのときは、その人も神にある人だったので、「ひどいふりかたをしたことを本人に謝りなさい。」と神様から言われたらしく、私に謝ってきた。そのことを通して、私は自分の醜く、恐ろしいものを神様に赦して、癒してもらった経験がある。

聖書には“敵”を愛しなさいとある。“敵”と思える人を愛せる訳がない。

無理難題である。

人には不可能なことを神様はされるのだなぁと、今日、私はしみじみと思った。

私にとっての“敵”は、それが自分に苦痛を与えるものであるなら、目に見える教会の何者でもなかった。

25年間、私は教会の中にいながら、教会を裁き、批判してきた。

今、目に見える教会を愛しているか…その域には達していないと思う。

けれども、目に見えない“教会”(目にみえない大きな意味でのキリストのからだ)に対しては、神様の愛を感じる。

今日、ボランティアの帰り道、神様からの熱い愛情が私の胸に注がれ、自転車を降りて歩きながら、神様を賛美してきた。

ときに、その迫りは胸が痛くなるほどのイエス様の愛である。

そういえば、2か月前、この同じ道を胸が苦しくなるほどの聖霊様の悔い改めの霊に迫られ、悔い改めながら、自転車をおして歩いたなぁと思った。

目に見えない“教会”なんて、それまで考えたことも、祈ったこともないのに、突然、あの頃から私の関心事は、目に見えない“教会”であり、教会の外の人たちになった。

だから、私の内側に経験するイエス様の苦しいほどの迫ってくる愛情は、私個人に対するものというより、「わたしはキリストのからだを、一人一人をこのくらい愛している。」という神様からのメッセージになる。

私は25年間も教会を憎んで来たものである。恨んできたものである。

その私が、神様から教会に対する愛情を教えられ、祈るものとなるとはなぁ…私の中でも考えられないことを神様はされるのだなぁと思った。

人間の愛は憎悪になるが、神様の愛は、憎しみすら愛して止まなくさせるのだと思った。

20年前に、エレミヤ書のこのことばが、なぜか私に起こる約束のことばと信じていた。“敵”って誰?と思いつつ。

『必ずわたしはあなたを解き放って、しあわせにする。

必ずわたしは、わざわいの時、苦難の時に、敵があなたにとりなしを頼むようにする。』エレミヤ15:11

教会にとりなしを頼まれた訳ではないが、私にとって、自分のからだの一部であり、イエス様の一部だった“敵”であった“教会”を私は祈るものに、神様は変えられた。

神様のお名前だけをほめたたえます。

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2009年7月 7日 (火)

“息子のピアノ”

息子のピアノを聞いて、私たちの神様からの能力もまた、レッスンが必要なのだなぁと思いました。

『主に感謝することは、良いことです。いと高き方よ。あなたの御名にほめ歌を歌うことは。

朝に、あなたの恵みを、夜ごとに、あなたの真実を言い表すことは。

十弦の琴や六弦の琴、それに立琴によるたえなる調べに合わせて。』旧約聖書 詩篇92:1~3

我が家では、今までにない珍しいことが起こっている。

それは、13歳の息子が、ピアノを自分から1時間も2時間も弾くようになったことだ。

息子は3歳からヤマハ音楽教室に通った。主人が音楽が好きで、息子には、楽器をやらせたかったらしい。

幼稚園に通うころは、すぐに簡単な曲を弾く息子に、私たちは親ばかで、天才かと思う。しかし、「1%の才能と99%の努力」と言われる。その99%がない。

小学1年からピアノの個人レッスンに通うが、普通の子どもと変わらず、練習嫌いに苦労する。

いつか、神様に仕える奏楽者になってほしいというのは、私の密かな願いだった。

息子が6年の初めに将棋に出会うまでは、「一日少なくとも30分、多くて1時間は練習をやろう」と声かけしてきた。

検定もたくさんチャレンジしたので、怠け者といえど、かなりハードに目標定めてやってきた。

将棋に夢中になってから、ピアノはレッスン当日のみになってしまった。「月謝も高いから、辞めていいよ。」と言ったが、「辞めたくない。」とのこと。

ほこりをかぶったピアノだったが、急に毎日1時間以上弾くようになった。

友だちから「ゲームの難しい曲を弾いてくれ」と楽譜を渡され、頼まれたらしい。

自由に楽しく好きな曲を弾いている。私は2階で、ピアノの音を聞きながら、今までの苦労が報われたなぁと、嬉しくなる。

神様の世界は、無理強いは禁物である。が、私たちに与えられている能力を整え発揮するために、ときに、厳しい訓練を通されることもあるのかもしれないと、楽しそうな息子のピアノを聞きながら思った。

ヨセフのように知らずに、環境の中で訓練されることもあるし、はっきり知り、訓練させてもらうときもある。

私たちのレッスンの先生は、神様なのだろう。

持っていても使わないと、増やされないとはそういうことも含んでいるかもしれない。

私は、人とともに祈るのが好きだけれど、はじめは人の祈りが新鮮だった。人と祈り、人から学んだり、状況から学んだ。

そして、だんだん与えられているものが訓練され、神様にあって自由に使えてくるようになるのだなぁと思った。

今の教会の現状は規則とか、聖書のことばに拘束されやすいことが多いから、「努力しよう」とは言いたくない。

けれども、神様が、計画があっての訓練、神様のレッスンは、神様の愛に応答するものにとっては、苦痛なものではなく、自由に与えられているものを使えるための恵みになる。

一人一人に与えられている特別な神様からの能力が、レッスンされ、祝福されますように。そして、神様にある生きがいとなり、神様とともにある喜びを体験できますように。

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2009年7月 2日 (木)

“私の歩んだ教会たち”5‐1・客員

私たちは客員(きゃくいん)生活を一年間しました。

『私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。

主は暁(あかつき)の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。』旧約聖書 ホセア書6:3

一人で始まった教会生活であったが、前の教会を出たときは、2歳の息子もいて、主人と3人の放浪になる。

私たちは一つの教会に、客員(お客様)で一年通った。今はカルト化してしまった教会だった。

教会学校も別の部屋であったが、子どもが私から離れたくないので、いつも静かに私の横に座り、礼拝していた。

そこには導かれている感じがしなかった。

いつまでも、お客さん気分で行っていた。

電車を乗り継いでいくのだが、何故か、教会に行かなくてはという気持ちだけで行っていた気がする。

だから、夏の熱い日差しが、とても体にこたえたり、ちゃんと歩かない息子を歩かせる苦労だけが記憶に残っている。

私の願いはただ一つだけだった。

「神様、私たちが属する教会を与えてください!」

そこは預言がされる教会で、ある日、一つの預言を聞いた。

「あなたは扉があって、開かれ、その先に入ります。」とかいう預言だった。

私は、「今まで自分で教会を選んできたが、神様が備え、開いてくださるところに導きいれられるんだ。」と思った。

そのとき、主人は、扉が開いて、光が差し込む幻を見たと言っていた。そして「あなたがたはここではない教会に導かれる」と神様から言われたらしい。

私たちは、客員として通っていた教会に行くのをやめ、教会探しをした。

私は、もうどこに行っても変わらない…あまり期待していないという気持ちだった。

そして、主人に話した。「あなたが探してくれた教会に私も行くことにしたから。」

主人は何週間かかけて、教会探しをした。

そして、決めたところに家族で行くことになった。

私の念願の客員生活脱出であり、また、訓練を受ける教会生活の始まりとなった。

###

私にとって、貴重な客員生活でした。

教会の多くに期待していないのに、教会につながりたいという気持ちだけが強かったんだなぁと思います。

それが良いこととか、悪いことというのでなく、私の中で湧いてきた気持ちです。

教会に失望しながら、教会につながりたい自分が不思議ですが、私の場合は、そのように造られ、また、教会で受ける訓練も残っていたのだと思います。

すべてのときが神様に備えられていたのを感謝します。

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2009年6月30日 (火)

“私たちに住まわれるいのちのことば”

イエス様のことばは、人の中にいのちとなって生きているのを思います。

『ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。

私たちはこの方(イエス)の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。

この方は恵みとまことに満ちておられた。』新約聖書 ヨハネの福音書1:14

かつて、人のことばに翻弄(ほんろう)されてきた私にとって、私を生かしてくれる“真実のことば”は何より大切なものである。

私は、今、30年の教会生活を振り返っているが、私にとって教会の苦痛は、礼拝で牧師が語るメッセージ…ただその一点だったように思う。

「私が体験している神様はそんな小言や説教ばかりいう神様ではない!」と…。

今、ブログで、聖書のことばを分かち合ったり、思いを分かち合ったりさせてもらっているが、四六時中、聖書を開くようになった。

神様のことばに触れる機会が何倍も増えた。ときには、どこにあった聖書箇所か、分厚い「聖書語句辞典」を引く。

その中で、知らなかった聖書のことばに出会い、感動したりする。

聖書が、神様が何を言っているか聞く作業が楽しい。

そして、もう一人の私が今いる。30年間、「恵みと主権をもっておられる神様の話しを聞きたい。」と渇望し続けた私である。

私にとって、水も食料も乏しかった月日がなければ、その飢え渇く自分は確立しなかった。私にとっての荒野か、砂漠のような食糧難の日々が、私自身の中に、“人は何を求めているか”を教えてくれる人を作った。

イエス様は、神様であられるのに、人となり、私たちの間に住んでくれた。

そのことを通して、私たちは人となられたイエス様の愛を見ることができる。

イエス様に永遠のいのちがあった。

イエス様が十字架にかかり、よみがえられ、今、私たちはこのイエス様のいのちにあずかる。

イエス様が話したことばが、霊であり、いのちだと言われた。(ヨハネ6:63)

イエス様自身が、イエス様のいのちが、聖霊様が、この聖書のことばとともに、私たちのうち側に生きてくださる。

私たちは、聖霊様のはならきによって、心にいますイエス様とともにいられる恵みを思う。

今、真実のことばを求め、渇き、苦しんでいる方がいるならば、イエス様のいのちのことばに出会って、満たされることを願う。

人を慰め、生かし、励まし、支え、助ける真実のことば、聖書のことばが、多くの人々の暗やみに届き、そこを光としてくれるように祈りたい。

聖書のことばは、クリスチャンだけのものではなく、すべての人のためのものだ。

なぜなら、天地を造られ、イエス様を送られた神様は、すべての人々の神様だから。

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天のお父さん、あなたが、聖書を通して、日々私たちを支え、生かしてくださることをありがとうございます。

この何にも変えることのできない聖書のことばが、人々の慰めと励ましとなりますように導いてください。

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2009年6月28日 (日)

“霊的養い”(考察と報告)

今日、1日をかけて、長い考察をしていました。

『たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水とを賜(たま)わっても、あなたの教師はもう隠れることなく、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。

あなたが右に行くにも、左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。』旧約聖書イザヤ書30:20.21

今日は、朝からずっと“霊的養い”について、祈り考えた。

私は、牧師に養われなかったが、教会や他のところで養われたのかもしれない。

教会生活が始まってすぐに教会学校の先生をさせてもらった。「成長」のテキストと聖書で、学びながら、子どもたちと分かち合い、育ててもらった。

最初に通った教会は、聖書勉強会も祈り会もなかったが、あちこちの関連教会の聖書勉強会に出た。

そして、信仰持ってまもなく神学校で勉強できたのは、やっぱり大きかった。

勉強はできるほうでもなかったかもしれないが、「神学概論」というのが、とても好きだった。

“救いとは”“罪とは”“あがないとは”みたいな感じのものを、聖書全体と、聖書箇所から学んだ。

つまり、私は牧師から養われなかったと言いきっているが、やはり教会の中で養われたということに気がついた。

突然、育った我が家の話しになるが、母とは折り合いが悪く、父は病気でほとんど交流がなく、こんな親はいてもいなくても…と昔は思った。(今はイエス様にあって父、母を感謝しているが。)

母とは、母が亡くなる近くまで、私は反抗期だった。あまり、いい家庭の思い出はない。が、喧嘩してたにせよ、関わりが薄かったにせよ、父、母は私の生活のまわりで生きていた。

私が教会にとやかく言っていた時期は、それでも親は生きている…みたいな感じなのかなぁと思った。

私のまわりにもいるし、息子の同級生にもいるが、父か母が、死別か離婚で全くいない人の気持ちは、私にはわからないのかもしれない。近い喪失の気持ちはあっても、私の場合、まだ、生きていた。

今、教会に行かない選択にある人の気持ちは、どんなに大変か、苦労があるのか、私にはまだまだ想像がつかないのかもしれない。

今日、礼拝で行われた賛美、メッセージ、聖さん、祈り、すべてが当たり前と思ってしまう私がいるが、それらのない人には、どんなに貴重なことかと思った。

ブログで、聖さんはできないけど、日曜日にできることは、したいなぁと思った。

私は牧師でもないし、“祝祷(しゅくとう)”みたいなのは、おこがましくてできないが、一週間の歩みの守りを共に祈ることはできるなぁと思った。

私の1日の考察が長くなった。もう日曜日の夕方になってしまったが、次のブログに、訪問してくださる方々のために、一週間のお祈りを書きたいと思います。

必要な方と共に心合わせられたら、幸いです。

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2009年6月23日 (火)

“私の歩んだ教会たち”4・1珍事

会堂から教会が去り、残ったメンバーと新しい牧師で、スタートした話しです。

『ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全なおとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。

それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧(わるだく)みや、人を欺(あざむ)く悪賢い策略により、教えの風に吹き回されたり、波にもてあそばれたりすることがなく、むしろ、愛をもって真理を語り、あらゆる点において成長し、かしらなるキリストに達することができるためなのです。』新約聖書 エペソ人の手紙4:13~15

会堂から教会がいなくなり、私たちはその会堂に残った。

何人か残った人や、いなくなったのを聞きつけて来た人たち10人ちょっとで、教会がスタートした。

やがて、外国の方が牧師として来てくれた。

が、残った人の中には、ひたすら自己顕示欲が強い方もいらして、昼ごはん作りが強制的に当番で回ってきたり、礼拝の中で、突然異言で祈り、牧師の霊的リードをかき乱したり、取っ組み合いのような女性同士の喧嘩があったり、珍事が続いた。

私は、赤ちゃんが与えられ、教会の珍事には殆んど関わることなく、子育てに守られていた気がする。

次々に教会から人々は悶着を起こしながら、出ていった。いまこそと思いつつ、自己実現が果たせず、牧師に怒りながら出ていった。

私たち夫婦は、初めの残り組の最後のメンバーになった。

が、私もまた、牧師の考えには苦痛を感じていた。

6年過ぎて、私たちもその教会を去ることになった。

牧師の最後のことばは、「この教会の牧師は私ですね。合わなかったら、どうぞ、合う教会に行ってください。」というはなむけのことばをいただいて。

その教会で良いこともあったと思う。宣教師の方と、地域の子どもたちを集めて、英語教室が始まったり、主人が賛美リードしたり。

けれど、私の中で、息子と過ごす毎日は幸せだったが、聖書も開かず、祈ることもしなくなっていた日々だったように思う。

♯♯♯

神様、いろんな人たちがいることを見せられた教会生活でした。

私にとっては、神様との関係も遠くなっていたように思います。

そんな中でも、英語教室を手伝えたり、あの場所で出会った一人の友人とは、今でも、大切な関係を保てていますから、ありがとうございます。

あの頃、私の慰めは、可愛い子どもでした。私の何が良かったか、悪かったかは良くわかりませんが、慰めを与えられていたことを感謝します。

その教会もやがて、たくさんの人が集い活気に溢れている話しを聞きましたから、ありがとうございます。

私にとっては、苦痛でしかない教会でも、誰かにとっては、素晴らしい教会になる…神様のバラエティーさをありがとうございます。

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2009年6月22日 (月)

“握っている手を開けますように”(語りかけ)

握っているものを手放させられた私の証と、Setsuさんの神様からの語りかけです。

『私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。

主のあわれみは尽きないからだ。

それは朝ごとに新しい。

「あなたの真実は力強い。主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。

それゆえ、私は主を待ち望む。』旧約聖書 哀歌3:22.23.24

立派な会堂から教会がなくなり、私は途方にくれました。

ある教会の賛美礼拝に行き、そこで神様に話かけました。

「神様、私は教会奉仕が大好きでしたが、奉仕どころか、教会まで無くなってしまいました。」

すると、神様は言われました。

「これまでの数々の苦しみは、あなたが握っているものを手放すためだよ。」と。

私は何かを握ってました。それを払われたのです。手を開いてみると、何もないのではありませんでした。

その日から、私は「主こそ、私の受ける分です。」と神様を喜び始めました。

仕事も辞めさせられ、教会もなく、何もないような時期でしたが、生まれて初めて鳥のさえずりに、「神様、鳥の鳴き声がきれいですね。」と言えました。

私の握っていたもの、それは“私の神様にある働き”でした。

神様におまかせしたとき、神様だけが喜べるようになりました。

昨日、Setsuさんが、コメントで、皆さんあてに、神様からの語りかけを書いてくれました。

書き写します。お一人お一人に慰めがありますように。

「神様は私たちの心が何を必要か知っておられます。

何に渇き、何につまづき、何に泣いているかも。

あなたが握っているその手を一度、神様の前で開いてみてください。

あなたの手は、引き裂かれて穴の空いた神様(イエス様)の手を握ることができます。

あなたが隠しているその心の目を、神様の方へ向けてみてください。

神様の心に、あなたのことがしっかり焼き付かれているのを見ることができます。

あなたがまだ形もなかった頃、神様の心にあなたがいて、神様はずっとあなたに思いを焦がしていたことを、あなたのすべての心の傷に深く染み込ませることができるでしょう。」

Setsuさんはここに来られる方々、コメントする方も、そうでない方のためにも祈っています。

ettuさんもここに取り巻く人たちのため、与えられた霊的祈りで祈っています。

私もお二人と同じく、ただ皆さんの霊的祝福を心から祈っています。

この小さなブログを通しても、距離や空間を越えて、神様のよいものを分かちあえますことを願っています。この思いが、祈りとともに、ここに来てくださる皆さんに届きますように。

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“私の歩んだ教会たち”3‐3・会堂残る

教会がその立派な建物から出ていった話しです。

『私は一つのことを主に願った。私はそれを求めている。

私のいのちの日の限り、主の家に住むことを。

主の麗しさを仰ぎ見、その宮で、思いにふける、そのために。』旧約聖書 詩篇27:4

賛美に満ち溢れた教会には、笑いがあり、人々は生き生きしているかのようだった。

結婚式に来てくれた、前の教会の友人が言った。

「この教会は、賛美の天使たちが集まっている。だけれど、戦う戦士がいない。」と。

牧師の過ちは、多分教会全体の責任でもあり、特に牧師の近くにいる人たちが、「イエスマン」ではなく(何でも、「はい、はい」と聞かずに)間違ったことは、信頼関係のもとにハッキリ教えてあげることが、責任としてあるのだと思う。

牧師は幾つかの間違いをした。人間、誰でも間違いも、過ちもある。だから、それは、とても大きな問題ではないかもしれない。

教団からは、その間違いを認め、牧師を3か月ほど謹慎し、牧師を休んでくれと言われたらしい。

が、その話しを蹴って、何の謝罪もなく、その美しい立派な会堂を出ていった。

信者の6割はついていったと思う。

私は内情を良く知っていたので、ここでお別れだと思った。

サタンは牧師を攻撃する。牧師しか経験しない誘惑があるのだと思う。

それを支えるのが、信徒であり、まわりにいる人たちなのだと思う。

教会は民主主義、多数決の世界でないと良く言われるが、牧師がすべての教会の実権を握っているのではないと思う。(これはただ私の考えだけれど。)

牧師は霊的指導者として、人より託されているものが多いかもしれないが、より神様の声を聞くと同時に人の声を同じくらい熱心に聞くものだと思う。

なぜなら、神様から語られたことを、どんなことを考えているかその聴衆に噛み砕いて、語るのが牧師の仕事だと思うから、どちらの作業も大切だと思う。

そして、その託された一部を、他の部分が支え、補うのが教会かと思う。

あのとき、私は教会が去っていったことに悲しくて、何日か泣いていた。

あのときは、私にもその責任の一部があったことには、思い至らなかった。

♯♯♯

神様、人は皆弱いです。

牧師は特に霊的攻撃を受け、様々な誘惑に合います。

あのとき、私が教会のため、牧師のために祈れなかったものであることを赦してください。

私たちの戦いは血肉(けつにく)によらず、霊的な戦いです。

私たちが、人が人を裁いたりすることをサタンは手を叩いて喜んでいます。

私たちの中に裁く心でなく、赦す心を与えてください。

私たちは誰でも間違います。間違いが問題なのでなく、裁く思いや隠す心が問題なのです。

イエス様にあって、私たちが一つとなり、弱く間違いやすい中にこそ、イエス様の愛が現れ、人々が神様を崇めるようにさせてください。

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2009年6月20日 (土)

“私の歩んだ教会たち”3‐2・結婚式

私たちはたくさんの教会員の方々に労していただき、素晴らしい結婚式をあげることができました。

『あなたがたはキリストのからだであって、ひとりひとりは各器官なのです。

そして、神は教会の中で人々を次のように任命されました。

すなわち、第1に使徒、次に預言者、次に教師、それから奇跡を行う者、それからいやしの賜物を持つ者、助ける者、治める者、異言を語る者などです。』新約聖書 第1コリント12:27.28

10人位で始まった教会は、たちまち人が増えた。

新しい立派な会堂も建った。

60人ぐらいの礼拝は、素晴らしい。賛美リードがいて、バンドがあって、それぞれの得意分野で、皆教会に仕えていた。

沢山集っているということは、賜物も多様にあるということだ。

そんな新しい会堂で、私は主人と結婚式、披露宴をしてもらった。

私たちは、貧乏だったので、すべてが教会の方々の手作りだった。

結婚式での奏楽、カメラマン、ビデオ取り、すてきなお花の飾り。披露宴でのプロなみの演奏者、手作りウェディングケーキ、私と主人の出会いを作った寸劇の役者…、披露宴でのティーパーティーのお菓子。沢山の人たちの手によって、結婚式をしてもらった。

そこには、たくさんの労力と祈りとお金がかけられていたのを今、思う。

親族、友人たちや前の教会でお世話になった方々を呼んでの結婚式、教会員も参加してくれ、100人位の盛大な結婚式になった。

あれが、私が大勢の方にお世話になった最後になる。その一年後には、輝いていたはずの教会は、立派な建物を残して、いなくなってしまった。

たくさんの人に祝福された結婚式、今はクリスチャンと出会うことも少なくなり、あの頃、神様がしてくださった不思議を思う。

###

神様、あなたがひとりひとりに良いものを与えてくださってありがとうございます。

私たちの結婚式イベントには、本当にたくさんの方々が関わってくださったことをありがとうございます。

あの結婚式は、今の私にとっては、キリストのからだの多様性の素晴らしさでした。

神様、お世話になった方々とは、今は交流もなく、感謝をお返しすることができませんが、神様、心からありがとうございます。

そして、神様はあのように、イエス様にあって一つで、多様性をもって喜んでいく教会を望んでおられるのを思います。

そのような教会にたくさんの人たちが連なって喜べるようにしてください。

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2009年6月18日 (木)

“墓にはいないイエス様”

よみがえられたイエス様とともにあることを思います。

『恐れてはいけません。あなたがたが十字架につけられたイエスを捜しているのを、私は知っています。

ここにはおられません。前から言っておられたように、よみがえられたからです。

来て、納めてあった場所を見てごらんなさい。』新約聖書 マタイの福音書28:5.6

私は、先に証したが、大学の同窓会で、一連の私のうちにあるものを見せられ、神様に悔い改めるに至った。

が、何故か2日位、私の中で“恥ずかしい”思いが取り去ることができなかった。

重く心の中に、“恥ずかしい自分”が沈んでいるような感じだった。

昨日の朝、なんかすっきりとした。ただ、ただ、神様を礼拝した。

イエス様は十字架で、私の罪のために、刑罰を受けて、死なれた。

そして、3日目によみがえられた。いきかえられた。

マリアたちが墓に、イエス様の死なれた体を見に行くと、そこにイエス様はおられなかった。

よみがえられた。

「イエス様はよみがえられました。この墓にはおられません。」(マルコ16:6)とみ使いは言った。

そして、この十字架にかけられ、3日目によみがえられたイエス様を信じるものは、この死とよみがえりを体験する。

私は深いところで、“恥ずかしい”と感じる罪を十字架につけ、そこに共に死んだ。

そして、イエス様のよみがえりのように、新しいいのちがよみがえってきた。

今、私たちは、よみがえられたイエス様とともにいる。

その私の内にある霊的な世界においては、古い人に死に、イエス様のいのちをいただいて生き返った。

私の古い人は死んだか、大丈夫か…墓場にいって確認する必要はないのである。

この日々、イエス様の復活のいのちにあることを感謝したい。

『私は、キリストとその復活の力を知り、またキリストの苦しみにあずかることも知って、キリストの死と同じ状態になり、どうにかして、死者の中から復活に達したいのです。』ピリピ3:10.11

###

天のお父さん、私たちは、イエス様の十字架の死にあずかり、日々、古い人に死んで、新しいいのちに生きるものとされていることをありがとうございます。

古い自分は、イエス様の十字架で死にました。

死んだのを、わざわざ墓に戻って見に行くことがありませんように。

そして新しいいのちを与えられたことを感謝し、そのいのちに生きるものとしてください。

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“私の歩んだ教会たち”3‐1・恵みの教会

教会で神様の恵みをひたすら感じた3年間でした。

『おとめイスラエルよ。わたし(神)は再びあなたを建て直し、あなたは建て直される。』旧約聖書 エレミヤ書31:4

新しく通う教会の近くに、私は引っ越しをした。

引っ越し先は、お金も何も無く、今にも崩れそうなボロアパートだった。

が、礼拝は楽しかった。

賛美はワーシップソングになり、賛美の中に、神様の臨在をいつも感じた。

聖霊様が、私の心にシャワーの慰めを毎回くださり、私は礼拝ごとに、その慰めに泣いた。

号泣になり、トイレに駆け込んで、泣くこともしばしばあった。

その頃、この聖書のことばを見つけて、紙に書いた。

私の内に、心の癒しが起こると信じられた。

新しく覚えたワーシップソングを昼も夜も賛美した。

バイト先の仕事場でも、トイレに行くたびに、そこであふれる思いを賛美した。

礼拝メッセージのテーマは、“恵み”だった。神様が一方的に私たちを赦してくれるメッセージを私の霊は喜んで聞いた。

すべてが、順調のような信仰生活だった。

開拓のようなその教会に、人々は増え、新しい会堂を建てるに至った。

私の信仰生活も、教会もすべては順調かのようだった。

この2年後に、この教会が、いろいろな問題が起こり、この立派に建てられた会堂から教会の人たちが出ていくことになるとは、あの頃、誰もが想像しなかった。

###

神様、ワーシップソングの礼拝の中で、私はたくさんの慰めを受け、癒されていった、そのことをありがとうございます。

賛美の内に住まわる神様を体験する日々でしたから、ありがとうございます。

聖書の話しも、神様の恵みが中心で、慰められました。

短い期間でしたが、その教会で、私は恵みの神様、恵みのメッセージ、慰めの霊をたくさん経験できて、ありがとうございます。

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2009年6月15日 (月)

捨てさせてくれた神様、そして友人

私が手放すものを教えられました。

『キリストは罪を犯したことがなく、その口に何の偽りも見いだされませんでした。

ののしられても、ののしり返さず、苦しめられても、おどすことはせず、正しくさばかれる方にお任せになりました。

そして自分から十字架の上で、私たちの罪をその身に負われました。それは、私たちが罪を離れ、義のために生きるためです。キリストの打ち傷のゆえに、あなたがたは、いやされたのです。』新約聖書 第1ペテロ2:22~24

私は自分がまだ、握っているものを見せられました。

一人の友人が、私の間違いを指摘し、もう一人の友人が、私の“捨てる自由”への願いを懸命に、自分のことのように、もう一人の友人に説明してくれていました。

二人はノンクリスチャンであるのに、彼女たちを通して、私は弱さをはっきり認め、慰めのイエス様に持っていき癒されました。

不思議な体験です。まるで、二人が聖霊様(神の導き、弁護の霊)であるかのような役割をしていてくれているのだなぁと思いました。

なんといっても、“捨てる願い”を一言で理解してくれた友人に驚きました。

私が彼女の中にある痛みや悲しみに近づいたときでした。“捨てられずに苦しむ”そんな苦しみを彼女はしているんだと教えられました。

感謝してお祈りします。

「天のお父さん、今回、私は、自分はイエス様以外、何も無い者だと認めて生きていくために、特別な場所、友人たちを備えてくださり、ありがとうございます。

私の中に、私は何も無いことを、仕事も持っておらず、社会的な地位も名誉もなく、ポジションも肩書きもないことを、はっきり知るために、備えてくださった様々なことをありがとうございます。

私の中で、まわりが福祉の仕事の話しをしているとき、疎外感やひけめを感じた自分に驚きました。

私は、主婦で、何の肩書きもありませんが、イエス様にあって自分の今を誇りに思っていたつもりだからです。

イエス様は、神様であられるのに、その姿は、みすぼらしく、人々が顔をそむける程でした。

神であられたのに、私のために、すべてを捨ててくれました。

地位、名誉、肩書きの誘惑は、私にとって無縁のものと思っていました。ですから、驚きました。

が、友人たちを通して私の捨てるものをはっきり教えられ、感謝します。

友人に帰りがけ、私は愚痴をいいました。

「私は、仕事もしていないし、会の始めの挨拶で、「皆さん、福祉従事者としての苦労を分かち会いましょうと言われたとき、仕事していない私にはきつかったよ。」というと、Kは言いました。

「そうなんだ。」

たった一言だけど、そう言ってくれました。

私の側にある問題を見せてくれた友人たち、受け止めてくれた友人、車中の二人、コメントくれた友人、…たくさんの友人を通して、癒しを受けとれましたから、ありがとうございます。

私は「自分を神のしもべとして推薦します。」というところに立たせてください。

私の握っていたものは、小さいものではありません。

これから、その問題や誘惑がきたときに、きちんと解決しているための取り扱いと信じます。

握っているものを認め、告白し、イエス様に癒してもらい、手放せたことを信じてありがとうございます。

環境を備えてくれ、気づきに至らせてくれた友人たちに感謝します。

愛しい友人にも、この捨てる自由が与えられますように。

イエス様のお名前によって祈ります。アーメン。」

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2009年6月14日 (日)

“捨てる自由”

日曜日の朝、愛されています人々の祝福を願いつつ、私の教えられた分かち合いをします。

『自分のいのちを自分のものとした者はそれを失い、わたし(イエス)のために自分のいのちを失った者は、それを自分のものとします。』新約聖書 マタイの福音書10:39

おはようございます。

今日もそれぞれのところにある日曜日の朝であることを思います。

神様は、この地に満ちておられ、今、教会の外におられる方も、等しく神様は愛しておられることを思います。

この聖書のことばから、最近、私が気がつかされたお話しをしたいと思います。

“自分を捨てる”という発想は、神様を信じる人以外には、あまりありません。

“自分を捨て、神様に従う”ということを意味します。

もっと違ういい方をすると、“自分を捨てた分、神様のいのちが私に満ちる”ということなのかもしれません。

私は、自分の考えや思い、プライドや固執するものをどれだけ捨てて、神様ご自身にあるか…自分を見るのは、難しいです。

私は、ある友人から「あなたの信仰変だよ。」と言われ、とても“傷つきました”。

そして、考えたのです。「信仰だけは、否定されるのはきついから、彼女の前ではもう分かち合わずに黙っていよう。」

けれども、最近、「私の守る信仰とは何でしょうか」と思いました。

イエス様は、私のための十字架のため、いのちまでも捨てられたのに、人を理解することを妨げる私の守る信仰とは何なのかと思わされました。

「“人の心の理解を妨げる信仰”を捨てます。ただ、イエス様とともにおらせてください。」と祈りました。

すると、不思議と信仰を否定されても、“傷つかない”自分を見ました。

何かを自分の中に持っているということは、それを守ろうとするけれど、何もないと守る必要がないことを教えられました。

今、大学の同窓会に来ていますが、福祉の大学なので、皆さんの多くが、卒業されて、その関係の仕事に従事されています。その中で自分は何の仕事もしていないひけめのようなものを見せられました。

この朝にそのことを静かに思うとき、私の中に守ろうとしているものが、まだまだたくさんあるのだなぁと思いました。

“自分のいのちを失う”“自分自身を無くす”ものに与えられる“イエス様とともにあるいのちの喜び”を求めていきたいと思いました。

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天のお父さん、私はかなりのものを捨てたと思いつつ、まだまだたくさん捨てられずにあるものがあるのを知りました。

捨てた後の自由と、神様にある喜びに満たしてください。

自分を守るのではなく、イエス様を愛する心をください。

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赤いハイヒール

同窓会で皆が私との思い出話を話してくれて、改めて自分の昔の姿が浮き彫りにされた感じです。

『泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。

嘆くのに時があり、踊るのに時がある。…

神のなさることは、すべて時にかなって美しい。』旧約聖書 伝道者の書3:4.11

今、大学の同窓会で、仙台の温泉地にいる。

大学時代は自分のことしか考えられなかった。この30年ぶりの再会で、学友との新しい出会いにしたいと期待してきた。

サークルネームが“セバ”なので、「おー、セバ!懐かしいなぁ。」と声をかけてもらうが誰かあまり思い出せない人もいる。いかに、自分しかなかったかという感じである。

1人の友人が言った。「セバはよ、ある日、突然、エナメルの赤いハイヒールを履いて、大学に来たんだ。それで、俺は、どうしたんだって聞くとよ。“自分が変わりたいんだ!”って言ったんだ。」

私は、スカートは一切履かず、ズボンにTシャツの飾り気のない格好ばかりしていた。そこに、赤いエナメルのハイヒール…!?我ながら、ちょっとビックリ…。(本人覚えていない。)

「そうなんだ。セバは何かもがいていて、とりあえず、外側から変えようとしてるんだ、って俺は思った。」

すると、近くにいた友人がすかさず、「お前のことだ。外側変えても、中から変えないとダメだ位言ったんだろう。」

「そうかもな。」と話していた。私はあの頃、何より、変わりたかったんだなぁと思った。赤いハイヒールが良かったかどうかは別として、あの頃の虚しく漂う自分を思い出した。

また、ある友人が「セバさ、大学中退したあと、私、セバに会いに東京まで言ったんだよ。覚えてる?どうして会いに行ったか覚えていないけど、すごく心配だったのかも。」あまり、記憶にないが、心配してくれた友がいたのを改めて、知った。

極めつけが、「俺、東京のセバのところに遊びに行く途中、猫が道路でひかれたのを見たんだよ。その話しをセバに会ってしようと思ったんだ。そしたら、セバは、なんだか溢れる思いで、キリスト教の話しをしてくるんで、ひたすら聞いていて、猫の衝撃的な話しできなかったんだよ。」と言われた。そんなに余裕ない自分だったんだなぁと思った。

友人たちとの新しい再会…と楽しみにしていたが、みんな、私との思い出話しをそれぞれにしてくれた。

そして、過去にいた私は、やっぱり友たちのことより、自分のことでいっぱいで、人の優しさとか、心を聞けない悩める者だった。

改めて自分がどんな人間だったか、教えられたのと、いつも周りに優しい友人たちがいたことを確認させられた。

関東会も出来て、再会の約束をした。

朝まで話そうと、隣の部屋は、まだ、にぎわっている。

かつて、私の中で、心のセンサーが壊れていて、大切な人が隣にいても、いないかの如く、自分しかなかった。

関係作りをやり直せるチャンスを与えてもらって、心から感謝している。

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2009年6月11日 (木)

孤独の夜に…

昔、イエス様を知らず、孤独が迫ってきました。今、イエス様の孤独があることを知り始めました。

『見よ。わたしはあなたとともにあり、あなたがどこに行っても、あなたを守り、あなたをこの地に連れ戻そう。

わたしは、あなたに約束したことを成し遂げるまで、決してあなたを捨てない。』旧約聖書 創世記28:15

大学を中退した私は、東京に出てきて、デザイン学校に入った。

大都会の中の3畳のアパートに住み、バイトと学校の往復で、声をほとんど発することもなく過ごした。

そんな私も何か月かすると、そこが生活の場になり、知り合いもできていった。

生きる動機に欠けていた私は、何をやってもうまくいかず、やがて、バイト漬けの毎日で、学校の課題がたまっていった。

バイトの寮で、青山のど真ん中に移った。課題がたまって、「このままだと大変だよ。次にあがれないよ。」と3人くらいの男の子たちが、徹夜で課題を手伝ってくれた夜があった。

朝がた、牛丼を買いに行く途中、渋谷のビルの谷間から昇る朝日を見た。

いい友人たちがいるのに、やっぱり心の深いところで孤独を感じている私がいた。そこはイエス様でなければ、決して埋まることのない孤独だったのだと思う。

イエス様に出会って、私を悩ませていた孤独は全く無くなった。

「孤独だ」と嘆くクリスチャンの友人には、「それは、神様ときちんと交わりをしないからだよ。」と平気で言ってきた。

今、イエス様ととても近くにいる感じがする。

そして、時おり、イエス様のとてつもない孤独をわずかだけ見せられる。わずかだけなのは、私には耐えられないから…。

イエス様の歩まれた悲しみの道、イエス様が経験された孤独の道…いままで、知らなかったけど、少しだけ、聖霊様によって教えられる。

イエス様を知らなかったときの私

イエス様の十字架の孤独の道を知らなかった私

孤独が消えて、万々歳と思っていたけど、イエス様といながら、イエス様の心がわからなかった私

「友人よ、あなたが孤独だとうなるとき、神様と交わりしないからだと言った私をごめんなさい。」

「イエス様、あなたの気持ちを知ることよりも、いつも私自身ばかりだったことをごめんなさい。あなたについて行きます。あなたが悲しみと孤独の道を歩まれたから。あなたが、悲しみと孤独を癒されるお方です。」

###

天のお父さん、この地は痛みや悲しみや孤独に満ちています。

イエス様が闇の中に持っていく慰めと希望のともしびは消えることがありません。

私もイエス様のあとをついて行きます。

イエス様のいないところにともしびがともりますように。

イエス様がいてくださって、なお、孤独なところのともしびを温かく、大きくしてください。

私たちがたくさんの慰めと喜びのともしびを人々の中に見ますように。

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2009年6月10日 (水)

カルト化教会に無いもの

神様は何を私たちに求めておられるか教えられた分かち合いです。

『み使いは(アブラハム)に仰せられた。

「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。』旧約聖書 創世記22:12

神学校時代、同じ寮で、伝道熱心な男の子がいた。

気があって、よくいろんな話しをした。

ある時、彼が言った。「相手を愛する思いがあるなら、体の癒しもその人のために祈ると思う。」

私が何と言ったことに対する答えか、覚えていない。たぶん、「体の癒しがすべてではない。」ということに対してだと思う。

一緒に卒業した彼は、伝道熱心で神様にまっすぐな感じの人だった。

やがて、彼が属している教会がカルト化してしまった。彼もその中の中心的な牧師の一人だった。

今日、その会話を思い出した。彼がどこからずれてしまったのか、よくわからない。

初めの頃は、「イエス様の愛を語る素晴らしいメッセンジャーだよ。」と彼の噂を聞いていたが。

アブラハムがイサクを捧げる試練の中、神様は言われた。

「今、わたしはあなたが神を恐れることがよくわかった。」

神様は、神様を恐れる心をアブラハムに見て喜ばれた。

“心”とか、“動機”とか見えないことこそ、実は神様が最も求めておられることなんだなぁと、しみじみ思う。

カルト化した教会は、宣教熱心だったりする。とにかく働く。労する。無心になって疲れるまで仕える。そのように牧師にコントロールされてしまうのだが、そこに、主とふれあう“心”がない。

黙示録2章に出てくるエペソ教会は、労苦と忍耐を神様に知られていた。

しかし、“初めの愛”から離れてしまった。

イエス様の赦しとあわれみの中、応答する行為と、“心”を無くし、ひたすら頑張る世界は、見た目な変わらなくても、神様から見たら全く違うのだ。

主にある熱心の中で、神様が最も求めとおられる“神様への心”こそ第一とされるものだなぁと思った。

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2009年6月 9日 (火)

少数派の自分

私の近況…小さな変化です。

『教会はキリストのからだであり、いっさいのものをいっさいのものによって満たす方の満ちておられるところです。』新約聖書 エペソ人への手紙1:23

私がブログを始めて11か月になる。私はブログの中で変えられてきている。

誰に変えられたかというと、もちろん、神様にであるが、ここに毎日のように訪問してくださる皆さんによってである。

私は教会と言われるところでは、その与えられた信仰が“少数派”となるものだと思う。

だから、いつになっても、どこにいっても、しっくりこない。

ブログでは、とにかく私の本音の本音のところを書いている。聖書の分かち合いにしても、私が美味しいと思うところを共に美味しいと思ってもらっているので、訪問してもらえるのだと思う。

少数派の私も、ブログの中では共に似た感性、信仰の方がいて、そこが集まれば、少数派ではなくなるってことかなぁなんて、訳のわからないことを考えながら出かけた。

私たちの教会は牧師夫妻と私たち夫婦の4人。最近、一人の女性の方が集ってくださっている。

そんなに少なくても、そこに人との信仰の溝を感じてしまう私である。

今日は、牧師の奥さんと共に久々祈った。私は変わり始めている。悔い改めの始まり、教会を赦し、さらに癒しを祈るようになった。ブログの中での導きのおかげである。

彼女はいつも私に愛をもって祈ってくれていたが、私の方には彼女との溝があった。教会の外の人の話しになるとその違いに苦しくなった。

今日、彼女と祈りながら、「私たちは神様にあって一つです。」と祈っていた。彼女もまたそう祈っていた。

心からそう思えた。彼女は、韓国系中国人で、その救霊(イエス様を信じてもらう)の思いに熱い。それなのに、誰を誘っても教会にこないことにガックリきている。胸が苦しくなるらしい。

中国では、迫害の中、人々がイエス様を信じていく。なぜ、日本は違うのかと嘆く。

彼女の神様が与えてくれた熱い救霊の思いに慰めがくるよう祈った。

私の中で何かが変わった。何だろうか。

教会の人と違いはあっても、それを越えて一つであることを受け止められたのか…。まだ、限りなく近くにいる一人と祈れた程度だが。

訪問の皆さんには、私の悔い改めの道に共にお付き合いくださり、心から感謝します。

今、“私の歩んだ教会たち”の証を書いていますが、すべてが懐かしく、そこで失敗したりしている自分がいとおしいです。そこに取り巻く人たちの弱さが受け入れられます。

悔い改めの霊が私をおおったとき、私は「神様、あれもこれもごめんなさい」と号泣しながら、ブログを書いている…そんな想像をするのだが、まだ、その霊はくだっていない。悔い改めというのが、そういうものではないかもしれないし、聖書のことばにより、御霊の啓示により、深いところを見せられたとき、「ごめんなさい」と告白するよう導かれるのでしょう。

神様のよいものを皆さんと分かち合いたいと心から願っています。日々、訪問してくださる方々の祝福を祈っています。訪問、ありがとうございます。

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“私の歩んだ教会たち”2-3・除名

私が伝道師除名になったときの話しです。

『謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。

からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。』新約聖書 エペソ人への手紙4:2~4

私が教会で働き出して8か月。もう何もかも駄目だと思うくらい、前に進めなくなっていた。

神様も信仰も祈りも何もないかのようになっていた。

そんなとき、近くで集会をやっているのを知り、休みの月曜日に行った。

そこの礼拝形式とメッセージの新鮮さに胸打たれた。「ああ、私が求めていた神様はここにいる…。」という感じで、砂漠で水を飲んだように元気になった。

今考えると、とんでもないことを言ったのだなぁと思うが、何も考えていない私は、次の日、牧師に言った。

「私は元気がほしいので、休みのときはこの集会に継続して出ることにしました。」

すると、牧師の顔色が変わった。改革派といわれる生真面目な教会で、聖霊派と言われる教会は異端視扱いである。

牧師は何よりそのようなものが教会に入り込むのを恐れていた。凄く敏感になっていた。

「わかりました。3日待ってください。あなたを伝道師除名にするか、どうか話し合いをします。」

私の中で思わね展開だった。悲しくなかった。3日間、「神様、除名の決定が下りますように。」とこのときばかり、ひたすら、祈った。

神様の導きで、教会で働きだしたのに、自分から辞める訳にいかない。神様に申し訳ないと思っていた。

除名になって、この教会から出られるならそうしてほしいと強く願った。

私の何かが間違っているとしたら、何もかも間違っていたかもしれないが、そう思った。

3日後、除名が下された。秘かに神様に感謝した。

私は12月のある日までとなり、残りの数回の礼拝出席をした。

最後の日、「今日、礼拝後、総会があるので出てください。」と言われたが、出なかった。それも責任的にどうであったかと問われるだろうが、出なかった。

牧師は、私が働きをまっとう出来なかったことを教会の人に謝らせたかったのかもしれない。

このとき、信仰深い婦人たち何人かが、私のために心痛め、祈ってくれていたのを後で知った。

私は逃げるように荷物をまとめ、集会をしていた教会のある土地へと県をまたいで引っ越しした。それが今住んでいる土地になる。

###

神様、あなたがくださった場所で、きちんと働きができずにすみませんでした。

私は出られて嬉しかったですが、教会を悩ませ、たくさんの迷惑を教会の人たちにかけたことを赦してください。

福音書派と聖霊派にもまた、大きな溝があります。

今の福音派がどうなっているかわかりませんが、私たちは、皆、神様にあって一つです。

福音派に通う親しい友人もいますが、共に祈れています。

その溝は何でしょうか。

神様の霊は混乱させる霊ではなく、喜びと導きをもたらすものです。

日本の歴史の中で、何が正しいとか、分派とかいろんな間違いがあったと思いますが、その傷を癒してください。

御霊は一つです。あなたが喜びをもたらし、赦しをもたらし、癒しをもたらす神様の霊にあって、私たちを一つとしてください。

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2009年6月 8日 (月)

“私の歩んだ教会たち”2‐2・裁き

私が教会に仕えていたときのことです。2(番目の教会)での2(番目のエピソード)です。

『しかし、私にとっては、あなたがたによる判定、あるいは、およそ人間による判決を受けることは、非常に小さなことです。事実、私は自分で自分をさばくことさえしません。

…私をさばく方は主です。…

ですから、あなたがたは、主が来られるまでは、何についても、先走ったさばきをしてはいけません。』新約聖書 第1コリント人への手紙4:3~5

私の限りなく、グレー色の信仰生活は続いた。

教会に仕えながら、神様の喜びがないのは最悪だった。

ある日、決められた時間に仕事場の教会に行けず、遅刻した。

牧師に注意されるなと思った。が、牧師は無言だった。内心、ほっとした。

ところが、その次の週の礼拝に出席し、牧師の礼拝メッセージを聞いていたときのこと。

「こんな人がいます。」と、私の名前こそ出なかったが、高い講壇から、神の名前を使って、その遅刻のことを許されぬ行為と裁かれた。

「そんな…、講壇降りて来て、人として注意してくれればいいことなのに、おかしいよ。」とか思いつつも、落雷を落とされたようなショックに打たれた。

次の日、私はそのショックで、ベッドから起き上がれず、ずっと寝たまま、天井を見つめていた。

私自身が、神様が遠く感じられてどうしようもない中、私の中で、受け止めきれない痛みが積み重なっていった。

青年会で、一言近況報告をみんなでしたとき、私は言った。

「明日をどうやって生きていったらいいだろう…そんな感じです。」

そんな中でも、たくさんの人に支えられた。特に離婚され、クリスチャンになられたばかりのKさん、霊的な賜物があり、よく祈ったMさん。どちらも男性の方だったが、教会に対する痛みを持っていて、よく長く喫茶店で話したり、祈ってもらったり、支えられた。

教会学校の子どもたちは大きな支えだった。子どもたちとの深い交流に慰められた。

私は精神的に病んでいるのではないかと、遠くの診療内科に連れていってくれたご婦人もいた。

何がなんだかわからない毎日だったが、一日一日が終わるのを願うだけだった。

###

神様、私に必要として、通してくださった様々なことを感謝します。

何もできない、神様に祈ることすらできない、最悪な仕え人でしたが、まわりに慰めや支えや祈りの人たちをたくさん置いてくださり、ありがとうございます。

神様、私は過去のことは癒されたので、こうして書いて話せていると思います。

私が教会のたくさんの方に迷惑をかけたこと、全く牧師の意にかなう働きが出来ていなかったこと、赦してくださり、ありがとうございます。

講壇から神様の名前を使って、裁いた牧師を赦します。

神様、講壇からは、裁きではなく、キリストの十字架の赦しが語られるようにしてください。

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2009年6月 7日 (日)

“私の歩んだ教会たち”2‐1・ヘルペス

神学校を卒業した私は、奉仕教会にそのまま就職しましたが、私の弱さゆえと思いますが、砂を噛むような日々でした。

『苦しみに会ったことは、私にとってしあわせでした。私はそれであなたのおきてを学びました。

あなたの御口のおしえは、私にとって幾千の金銀にまさるものです。』旧約聖書 詩篇119:71.72

神学校を卒業した私は、そのまま、奉仕教会に就職した。

私の働きは伝道師的な働きのポジションだったと思う。総会で承認を得て、スタートした。

私は神様の働きができるとワクワクしていた。(今は神様の働きは、教会の中がすべてとは思わないが。)

顔合わせ初日、会議室で、牧師、長老たちと共に集った。

すると、とても人のいい長老さんが私ににこやかに言った。

「sebaさん、牧師が白と言ったら白、牧師が黒と言ったら黒で従ってくださいね。」

「エッ……!?私は神様に従うんじゃないの?牧師に従うの?」と心の中で思った。が、初っぱなから反論できる訳でもなく、にこやかな作り笑いをして「ハイ。」と答えた。

あとは、何が話されたか、全く記憶がなく、ボーゼンと家に帰った。

なんだか体中の力が抜けていくのを感じた。

「牧師に従えって…牧師は神様じゃないし…。」

家に着くと、顔の眉のあたりが、やけどをしたような痛みが走る。初めは、鏡を見ても良くわからなかった。

あまりに痛いので、何度も鏡を見ると、眉の横がグジュグジュとなってくる。

次の日、病院に行った。ヘルペス(帯状疱疹)だった。一点の痛みは、そこから、神経の帯に従って頭ぐるりと一周に渡って痛くなった。

体中の免疫が一気になくなって、ヘルペスの菌にやられたのだろう。

私自身の中に、乗り越えていけない何かがあったのだろうが、教会に仕える立場にありながら、教会生活はグレー色だった。

「神様、どこにいますか?私のところに来てください。」そんな祈りをしながら、神様が遠く遠くに感じらる日々だった。

###

神様、念願の教会で働くことになったのに、神様が感じられなくなり、つらかった日々を思い出します。

私があなたに信頼できるための荒野の道のりの始まりでした。

あなたを信頼できず、弱かった私を忍耐して訓練してくださりありがとうございます。

神様に従うのではなく、牧師に従うことを公然と言わせる牧師の信仰を赦します。

牧師にはたくさんの恐れがあったのを今はわかります。

イエス様にあっては、恐れを取り除いて、赦され受け入れられているのですから、イエス様の愛が牧師をおおい、慰めてくださいますようにしてください。

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2009年6月 6日 (土)

“私の歩んだ教会たち”1‐3・旅立つ

家族のように暖かい教会でしたが、出ることになったいきさつです。

『見よ。兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。』旧約聖書 詩篇133:1

私の初めての教会での生活は、交わり、交わり、交わりだった。

私自身が通う教会は10人ちょっとの小さな教会だったが、私はその教派の他の教会の青年会の交流、夕拝、聖書勉強会、そして大きな教会の牧師から個人的に「教会史」の学びを受けたり、教会生活オンリーの日々だった。

青年会の人たちとの交流はいつも楽しく、心の中が喜び跳ねていた。

そんな私であったが、どうしても、神学校で勉強したいという思いがあって、超教派の学校に入った。

属していた教会教派は、女性が祈らない教会だから、ましてや、女性の働きは制限されていた。

神学校を出たら、教会で働きたいと考えた私はその教会を出ることにした。

どんな風に教会員の方々に話しをしたか覚えていないが、暖かく受け止め理解してもらえた。

まず、礼拝の中で、メッセージをさせてもらった。女性は表だって出ないところで、司会とかも、中学生の男の子がやっていた。そんな中で、神学校で聖書を勉強しているのだからと、礼拝メッセージをさせてもらった。

今思うと、たぶん、その教派ではあり得ないようなことで、牧師たちが守る教理よりも、「成長しなさい」という親心が勝ったのだと思う。

出エジプトのマナが降る話しから、みことばを日々食べる大切さをメッセージした。

その教会を去る日には、教会学校の子どもたちからも、教会員の方々からも「頑張ってね」の応援と、お祈りしている置物の人形をもらった。旅に出る娘を暖かく出してくれる家族のようだった。その教会は、伝道師の方はいたが、いちお無牧(牧師がいない)教会だったのも、私にとっては守りだったかもしれない。

その後の教会を出るときは、穏やかではなく、一つ一つが強烈だったので、初めの教会を出たときの思い出は慰められる。

自分なりの訓練や小さな悩みもあったと思うが、“教会生活”のすべてが楽しく、輝いていたときだったかもしれない。

###

神様、初めの教会を通して、子どもたちや、他の地域の教会員や、たくさんの方々と毎日、楽しく過ごさせてくださり、ありがとうございました。

神様の素晴らしさと教会の方々との交流の楽しさと、学びによる感動があった日々でした。

祈りをもって、私を育ててくれた教会員の方々が、祈りをもって出て行くのを暖かく見守ってくださり、ありがとうございました。

そこで、たくさんの人に祈られ、赤ちゃんクリスチャンの私は成長したのだと思います。目に見えないたくさんの尊いお祈りをありがとうございました。

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“私の歩んだ教会たち”1‐2・洗礼

前に正統でない教会で受けたのですが、再度、洗礼を受けるように導かれたときの話しです。

『だれも、ふたりの主人に仕えることはできません。一方を憎んで他方を愛したり、一方を重んじて他方を軽んじるからです。あなたは神にも仕え、また富にも仕えるということはできません。』新約聖書 マタイの福音書6:24

私が教会に通い、一年程たったころ、教会学校(子どもたちが聖書を勉強するためのクラス)のための同じ教団の近隣教会での合同キャンプがあった。

私は、小学生、中学生キャンプ通しで、キャンプ場で奉仕した。

キャンプも後半になり、明日で終わりという夜、私は、教師としてキャンプファイヤーに中学生と参加した。

そこで、メッセージが語られた。イエス様のもとへの招きのメッセージだったかもしれない。

そこで、私は導かれてしまった。キャンプが終わり、宣教師のところに行った。

「私は前に別の教会で、洗礼を受けましたが、そのとき、イエス様の十字架を知らなかったのです。もう一度、受けたほうがいいですか。」

その方は言った。「ローマ人にありますね。疑いを感じて食べるなら、罪です。信仰から出ていないからです(ロマ14:23)」と。

私は洗礼を受け直すことにした。教理的にどうということでなく、神様から勧められているように思った。

キャンプの責任者になっている牧師に話しをした。

「私、洗礼受け直します。」すると、その牧師は、祈って待っていました…という感じで「そうですね。」と言われた。

真夜中の富士山の麓の湖で、私の洗礼式はひっそりと、こっそりと行われた。

教会員の方から水着を借り、真っ暗な水面で、祈られ、水に浸った。

讃美歌がささやくように歌われる中で…。

次の朝、私は悲しくて仕方なかった。たった一年程度かもしれないが、私の信仰と私のクリスチャン生活のすべてが否定されたかのように、捨てさせられた思いだった。

家に帰っても泣いていた。三日三晩泣き明かした。

この証しを、前にもブログに書いた。が、私の中では、私と神様との出来事で書いた。

今、思う。あの時、たくさんの人たちが、私の洗礼の導きを静かに受け止め、その助けをしてくれたと…。ひとりでは、当然だが、できなかった。

あの洗礼は私にとっては、とても意味のあることだった。

それまでは、私流の信仰だったが、それを捨てさせられ、神様が示す信仰へのスタートとなったのだと思う。

あまりにも、捨てなくてならない自己流がたくさんあったと思うが、まさにつらい洗礼となった。

###

神様、30年近く昔のことが、昨日のことのように思い出されます。

神様の私への導きに、まわりの人たちは迅速に事を行ってくれました。

そして、そこに至るまでの、そのあとの私のための無言の祈りが見えてきます。

たくさんの方に祈っていただいたのですね。

私の信仰の成長には、尊い祈りがあったことを思います。ありがとうございます。

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2009年6月 5日 (金)

“私の歩んだ教会たち”1‐1

教会生活のスタートをきり、小さな試練の中、成長させてもらったことを思い出します。

『むちを控える者はその子を憎む者である。

子を愛する者はつとめてこれを懲らしめる。』旧約聖書 箴言13:24

「私は何のために生きているか」…そんな問いが頭の中を巡っていた私は、大学中退して、東京に出てきた。

バイト先のクリスチャンの友人が祈ってくれていた。
孤独と空虚が私をおおい尽くす中、「あなたは神様に近いよ。」と友人が言った。そのとき、私は私を生かしてくださる神様に出会った。

教会に通いだした。

福音派と言われる中でも、もっとも固い教会だった。聖書にないことはしない…ということで、女性は祈らない、礼拝は楽器を使わない教会である。

その教会堂を貸している方Hさんがいた。“がんこオヤジ”で通っている方で怒ると怖そうな方。

私はその教会にすぐ馴染んだ。東京に出てきて、知り合いもいないような私にとって、そのアットホームな教会は、家族のようだった。

住んでいる場所からかなり遠いので、前日に教会堂に泊めてもらった。

教会学校や週報作り(ガリ版すり)をさせてもらった。

ある日、渾身の力作とばかり週報をみんなに配ると、Hさんが言った。

「こんなお粗末なものは、恥ずかしくて外には出せない!」

私は怒りが込み上げた。悔しくて泣いたような気がする。(あまり、昔のことなので忘れた)

そんな小さな試練を繰り返しながらも、ご飯を食べさせてもらったり、泊めてもらったり、奉仕をさせてもらった。

その教会はクリスチャンである前に、みんな常識人だった。常識に欠けている私はその皆さんに養っていただいた。

気がつけば、4年通い続けていた。そして、忘れることの出来ないのは、私が冬に教会に泊まるときには、“がんこオヤジ”のHさんは、大切なお客様を招くように、いつも部屋を暖めてくれていた。居心地良く泊まれるよう、ベッドメーキングに気を使ってくれた。

誰よりも誰よりも、私の人間的な成長を願ってくれた。

あのとき、「こんな週報は…」と言ったのは、自分が悪者になっても、「もっと良いものを作りなさい。」というメッセージだと知った。

Hさんだけは、その後、私が教会を去った後も、我が子を心配するように、「元気か?」と便りをくれた。

私を育ててくれた牧師はいなかったが、教会のお父さんはいたんだなぁと思う。

###

神様、私は一人で、神様との関係の中、癒され成長してきたように思っているふしがありましたが、あなたが、愛情深い方を備えてくださり、養ってくださったことをありがとうございます。

私がクリスチャンとして最初に大切なことを教えられ、この教会で養われました。

神様、ありがとうございます。

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2009年6月 4日 (木)

“私の歩んだ教会たち”0‐1

神様に出会う前に、教会に行っていました。正統派かどうかはわからないですが、そこで一度洗礼受けました。(イエス様信じてから、受けなおしました。)

『人は心に計画を持つ。主はその舌に答えをくださる。

人は自分の行いがことごとく純粋だと思う。しかし主は人のたましいの値うちをはかられる。

あなたのしようとすることを主にゆだねよ。そうすれば、あなたの計画はゆるがない。』旧約聖書 箴言16:1.2.3

私は高校生の時、「自分は変わりたい」という願望を強く持っていた。

それは、母は大切な人なはずなのに、ずっと中学から反抗期のようになっていて、いつも口では母を言い負かせてしまい母を泣かせ、自己嫌悪に陥っていたからである。

そんなとき、クラスメートがキリスト教会に行っていて、「sebaさんも行かない?」と誘われた。たぶん、キリスト教は新興宗教と違い、自分を変えられるところかなぁと、かすかな期待があって、行った。

その教会は、異言(神様の霊のことば)で良く祈り、聖書はなぜか文語体…。

『愛は寛容にして、慈悲あり。妬まず、おごらず、高ぶらず、己(おのれ)の利を求めずして、他人の義を思う。おおよそ事忍び……。』

聖書事態難しいのに、さらに文語体で、さらに異言。

何がなんだかサッパリわからなかったが、勧められるままに洗礼を受けた。イエス・キリストの十字架を聞いたか…覚えていない。まして、信じたとか、確信とかは程遠い世界だった。

大学に入り、文語体聖書は片身離さず持っていた。しかし、ご利益的な強調が多い教会に、「私は変わりたい。」という私の願望とはかけ離れていた。教会には行かなくなった。

私の一人求道中の始まりだったかもしれない。

ただ、その文語体聖書を飛ばし読みだが、読んでいた。

孤独をつづる日記には、「神様…」と良く書いていた。祈っていたか、記憶はないが、神様がいる確信はあった。

思い返せば、私が通った教会は5つではなく、6つも7つもあったような気がする。

###

天のお父さん、私はこのころ、まだ神様と出会っていませんでしたが、神様がいることを聞いて信じていました。

私が神様に出会う前から教会というところで、神様をいることを信じさせてくれて、ありがとうございます。

文語体の小難しい聖書でしたが、そこから種を蒔いてくださっていたこと、ありがとうございます。

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私ができること…

『必ずわたしはあなたを解き放って、しあわせにする。

必ずわたしは、わざわいの時、苦難の時に、敵があなたにとりなしを頼むようにされる。』旧約聖書 エレミヤ書15:11

ヨエルさんが、夕べ、コメントをくださいました。いつも祈りと誠実さをもって、コメントをくださって感謝しています。

その中に「教会の外と中に“橋”はかけられるか?私たちクリスチャン自身が、“壁”を作っているから無理ではないか…。」とご意見をいただきました。

“橋”は神様が、神様の方法でかけてくださいます。

5月16日のブログから、この教会の中と外の話しが出ました。その日のブログには「神様、私、何か出来ますか。」と書きました。

それから、いろんな過去の出来事などを思い出し、私の中で一つとなっていきました。

そして、すべては神様の中で、私はほんの一部を担うだけなのですが、神様が、私に何をしたらよいか教えてくれました。

私は全自己否定の人間でしたが、イエス様に罪を告白し、全自己肯定の人間に癒してもらいました。

悪いものは吐き出し、良いもの(神様ご自身)を取り入れることの中に癒しと回復がありました。

それを今度はキリストの体でやるよう、教えられました。教会を悔い改めれば、教会はきよめられ、聖霊が満ちます。エゼキエル47章になります。

外の人に対しては、私は教会の人間として悔い改めます。癒しが行われますように。

私自身は壁なので、これから崩されます。どうやってかは、私もわからないし、時間がかかるかもしれないですけど、見ていてください。

私一人が崩れたからって、教会が変わりますか?…大きな壁があったとして、一ミリの穴が開けば、そこから癒しの川は流れるのです。小さな穴は、役割を果たします。

そして、大切なのは、中からではなく、外の人たちから癒しと、とりなしの祈りが始まるということです。

なぜなら、残念ながら、傷んでいるのは中の人ではなく、外の人だからです。そこに癒しがくるとき、赦しの祈りとなり、聖霊に満たされるのでしょう。

これは、私のアイデアではありません。25年間、教会を裁いてきた私には思いつきません。やっと、手放し、赦したばかりの私には思いつきません。

いつ、どんな風にかは、わからないです。

これは、預言とかではなく、私が神様から教えられたことです。

そして、私は悔い改めをすることが宿題となりました。

ブログで、少し教会の悔い改めを祈ったこともありますが、自分が本当に自分のからだとして教会を愛しているか…さぐられました。

まず、自分自身を受け入れるように、教会を自分のこととして、受け入れきることかなと思わされました。

なんか、偉そうなこと言っているかもしれませんが、私自身の右往左往しながらの道を見ていただくだけでいいのです。

たくさんの失敗もあるかもしれませんが、これから、私はイエス様のあとをついていき、悔い改めの道を歩きます。

今、思わされていることは、私は5つほどの教会を変わりましたが、そこにある自分の悔い改める責任の分と人を赦す責任の分を見て祈ることをしようと思います。

自分の責任の分を悔い改めたら、素晴らしいことが起こったのです。

傷と痛みで見えなくなっていた教会の人たちにしていただいたたくさんのことが溢れるように見えてきました。神様の恵みは、教会生活の中にありました。

そのことを振り返りながら、一つ一つの教会にあった恵みを感謝しようと思います。

証のほうは、そんな訳で、私の過去教会のことからになります。よろしくお願いします。

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2009年6月 2日 (火)

「傷ついた」と言う言葉に秘められたもの

「傷ついた」と言う言葉にある本質を教えられたときの話しです。

『さばいてはいけません。さばかれないためです。

あなたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量(はか)るとおりに、あなたがたも量られるからです。

また、なぜあなたは、兄弟の目のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁(はり)には気がつかないのですか。

兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。

偽善者たち。まず自分の目から梁をとりのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。』新訳聖書 マタイの福音書7:1~5

4年前、私は小さな教会に属していた。そして、教会が一つとなって、信仰が試されるお祈りをした。私は神様がこの祈りを喜んでいると感じていた。

が、結果、見た目は何も変わらず、サタンの攻撃もあったと思うが、教会は空中分解して閉じられた。

わずかな信徒たちは、深い痛みを持ったまま、離散された民のようになった。

それから、私のあの喧嘩友だちである彼女は、罪責感や恨みや様々なものにずっと苦しんだ。つい半年程前、「私、自分が全部間違っていたとは思わないけど、きついことばで色々言ったことを牧師婦人に謝りたい。」と言った。

私は彼女のいる前で、牧師婦人に電話した。私も交信途絶えて4年ぶりだった。

「彼女が謝りたいと言っているんだけど、この電話で話しをできますか。」

「牧師は傷つきましたねぇ。私は主人の牧師と相談してからでないと、話せるかわかりません。」

「そうですか。それじゃ、どちらでもいいから、私に電話をもらえますか。」と電話を切った。それから相手から電話はなかった。

誰でも弱さを持っているから、私はそのこと(電話がなかったこと)を受け入れられた。しかし、自分の分を謝ろうとした友人は、きつかったかもしれない。

私は牧師婦人の「傷つきましたねぇ」という言葉にハッとさせられた。私自身、何百回と使ってきた言葉だ。

「傷ついた」…それは、「私の悪い分は0%で、あなたの悪い分は100%です。」という宣言なんだと教えられた。

教会がなくなるに至った経緯の中で、誰が悪かったか。私は自分を含めた教会全員の弱さ、責任だったと思っている。

けれど、「あなたが全部悪い」と誰かが思っているなら、その人は自分の責任の分を所有できない。

人の境界線と同じで、自分の責任の分を所有できない人は、いつも人任せなのである。そして人に振り回される法則から抜け出せない。

私自身は「傷ついた」という言葉は安易に使えないと思った。

私は教会を25年もさばいてきた人間である。さばく、批判することも「私が悪いのは0%で、相手が悪いのは100%」ということだと教えられた。

私は今、人のせいにだけして、人に振り回されるより、自分の責任の分を所有し、人に振り回されることなく、神様と歩きたいと思い始めている。

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2009年6月 1日 (月)

“カルト化した教会”での痛み

私は友人を通して、カルト化した教会で影響を受けた人は、とても深いダメージを負い、その回復に時間がかかるのを見てきました。

『私の兄弟たち。あなたがたのうちに、真理から迷い出た者がいて、だれかがその人を連れ戻すようなことがあれば、罪人を迷いの道から引き戻す者は、罪人のたましいを死から救い出し、また、多くの罪をおおうのだということを、あなたがたは知っていただきたい。』新約聖書 ヤコブの手紙5:19~20

私は、姉や大切な友人が何人も、カルト化した教会に翻弄され、そこから出て、なお、回復するのに、とても苦労するのを見てきました。

私も教会で苦痛を感じましたが、決してカルト教会ではありませんでした。

ちょっと律法主義的であったり、私の考える神様とは違うかなとは思いましたが、それは、それぞれに与えられた信仰の違い程度のことです。

カルト化した教会に深く関わった人は、人格障害みたいになります。

何が正しくて、何が間違いか、拘束から解かれず、普通の生活の中で判断がつかなくなります。

あまりにもそのコントロールが強いので、何をやっても恐れがきます。神の名前を使って、脅されてきたからです。

“教会の外のクリスチャン”を思うとき、彼女たちは、疲れ果て、“神”とか“信仰”と言うことばに対し、深い傷の故に、拒否反応を示し、もっとも教会から離れたところにいる人たちかもしれません。

私は、カルト化教会の専門ではありませんが、身近にあまりにも多く、そのようなところに関わった人がいたので、いろんなことを考えさせられました。

カルト化していく教会は、不思議と同じ道をたどります。違う人たちなのに、なぜだろうと本当に不思議でした。

それは、カルト化教会の本質が、人間の弱さからきているからだと教えられました。

カルト化しそうな危ないと感じる牧師はいます。けれども、神様の顕著な働きや、カリスマ的な引き付ける力がないと、そこは守られる(カルト化しない、誰もそこに巻き込まれない)のかなと思います。

カルト化の定義は神の名前を利用して、自分の私利私欲に人を使い、その拘束力が生活全般に及ぶということだと思います。

「信仰」という名の虐待…(パスカル・ズィビィー著)という本で、私はいろいろ教えてもらいました。

本から引用します。「信仰という名の虐待とは何か…ある家庭は子どもを無視し、親の必要のために利用します。…同じように、普通の教会は、神様の愛と救いを教える場所です。牧師たちは支え、育てていきます。

家族のように信者たちの心を満たさなくてなりません。

しかし、牧師たちの自らの欲求のみを満足させるために信者たちの心を利用するようになると、これは信仰という名の虐待となります。」

長くなりましたので、カルト化の具体的特徴については、次に書きます。

###

神様、あなたは、私たちを自由にするため、喜びを与えるため、豊かに生きるため、イエス様を送ってくださいました。

それなのに、人間的な弱さのため、神様の名前を利用して、神様に集う人を恐怖の中にコントロールする人がいます。

人の深い罪の性質を赦してください。

その中でなお苦しむ人を助け出してください。

そこから出た人に、イエス様の癒しがおおいますようにしてください。

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2009年5月29日 (金)

ごめんなさい

今日、もらったコメントを読んで、心痛み、神様に謝りました。

『自分が義人だと自任し、他の人々を見下している者たちに対しては、イエスはこのようなたとえを話された。…

パリサイ人は、立って、心の中でこんな祈りをした。

「神よ。私はほかの人々のように、ゆする者、不正な者、姦淫(かんいん)する者ではなく、ことにこの取税人のようでないことを感謝します。…」

ところが、取税人は遠く離れて立ち、目を天に向けようともせず、自分の胸をたたいて言った。

「神さま。こんな罪人の私をあわれんでください。」』新約聖書 ルカによる福音書18:9~14

私は今日の朝方、自分を含めた教会の弱さのため、祈りました。

私は教会にいるといいながら、どこかで教会にいる人とは違っている…と自負していたみたいです。

でも、やっぱり、教会の中の人間で、外に人がこぼれていくのを放置していた人間だと突き付けられた気がします。

先ほど、よく遊びにきてくださる“迷える人”さんから、コメントをいただきました。

その前に出した、私の「聖書を読むと安心が来ますよ」というのに対する返答です。

聖書を読まなければならないように圧迫を与えたみたいです。

謝りましたが、愕然とした感じです。

教会来なさい、祈りなさい、聖書を読みなさい…も無理に強いられたら、新しい規則です。

やはり、私も人を自分に合わせてこようとしてた一人なんだと痛感しました。

“迷える人”さん、ごめんなさいね。そうやって、私や教会は、自分に合う人以外を信仰の名前を使って、はじいてきたのかもしれませんね。

イエス様のところは、何かする世界ではありません。何もしなくていいのです。イエス様を信じる以外。いえ、信じることすら、イエス様がされることですね。

###

神様、自分に人を合わせようとする私を赦してください。

人間が作った領域、壁を悔い改めの中、打ち砕いてください。

イエス様のところにこようとする妨げている私のものを、もっと明らかにして、打ち砕いてください。

ただ、自由に人々が喜んでイエス様の中に憩えますよう導いてください。

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イスラエルの牧者たちはいない(日記より)

3年前のある日の日記に私にとって、大切なことが書かれてありました。

『彼らは牧者がいないので、散らされ、あらゆる野の獣のえじきとなり、散らされてしまった。…

見よ。わたしは自分でわたしの羊を捜し出し、これの世話をする。

牧者が昼間、散らされていた自分の羊の中にいて、その群れの世話をするように、わたしはわたしの羊を、雲と暗やみの日に散らされたすべての所から救い出して、世話をする。

わたしは国々の民の中から彼らを連れ出し、国々から彼らを集め、彼らを彼らの地に連れて行き、イスラエルの山々や谷川のほとり、またその国のうちの人の住むすべての所で彼らを養う。…

わたしは、彼らを牧するひとりの牧者、わたしのしもべダビデを起こす。彼は彼らを養い、彼らの牧者となる。』旧約聖書 エゼキエル書34章

前にブログに書いたが、この“イスラエルに牧者はいない。しかし、わたし(神)はひとりの牧者を起こす”という約束を読んで、私は何度もこの箇所を開いては、「神様、いつですか?」と祈った。

そして、私の中で、この約束は成った!

私が牧師や教会に期待するのを止め、一切を手放したとき、私の中で、イエス様が直接の牧者となってくれた。

その後、そのとき属していた教会は混乱し、最後は閉じられた。

その閉じる3か月前、私は、朝8時から祈り始めて、祈りが止まらず10時間ぐらい祈った日があった。

私は、神様とおしゃべりならいくらでもするが、祈りの賜物があるという訳でなく、祈らされて止まらないというのは、先にも後にもその時だけだった。

神様はエペソ2章を通して、教会に集わないクリスチャンに祝福を与える約束、やがて中も外も一つとなると言われた。

そして、最近、その日の日記に目を通した。今、導かれて祈っているようなことを書いていた。

3年間、そんな祈りをしていたのを忘れていた。メモのような殴り書きの日記だが、ちょっと書き写してみる。

「エゼキエル34章によって、イエス・キリストが牧者となる。

教会の外にいる人に向けていく祈り、

教会と自分の罪の悔い改め、

私の役目はボーダーラインとして悔い改め、外の代弁者となる

リバイバル(信仰覚醒)は悔い改めた者から始まる、私から悔い改めの取り扱いを受けます

私の裁く心、偽り、傲慢は主に嫌われるもの、私は徹底して悔い改めます

この教会、牧師には一切何も求めません

この取り組は私一人で取り組みます

教会の人たちと祈って行きたかったが、一緒に取り組む人がいなかったからです

私の動機は主がご存知です

もし不純なものなら、平安もなく、みことばの慰めもありません、神ご自身が裁かれます

もし動機が純粋であるならば、平安があり、みことばの扉が開かれ、新しい慰めが与えられ、主ご自身のあとおしがあります

キリストの体を離れて働くとき、人はずれやすくなる、だからこれは皆さんに与えられるものでなくとも、与えられたチャンスにこの取り組みをあかししていきます。」

最後のほうは意味不明…皆さんって誰?っていう感じだが、祈りと神様から語られた、まじった感じだろうか。

こんな祈りのメモはすっかり忘れていた。

今、一人でなく、祈り支えの中、神様がこのブログを用いてくれようとしている気がする。

イエス様が一人一人の牧者となり、養われ、喜びますよう祈ります。

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2009年5月28日 (木)

イエス様のいるところにいる

イエス様といるならば、どんなところにも行けるのかもしれません。

『わたし(イエス)に仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。

わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。

もしわたしに仕えるなら、父(神)はその人に報いてくださいます。』新約聖書 ヨハネの福音書12:26

4年ほど前、そのとき属していた教会でのこと。

教会員の義理の妹さんが26歳という若さで、不治の病になられた。私たち、小さな教会では、癒されるよう祈った。

その妹さんはイエス様を信じた。教会員の人は牧師に見舞いに行って欲しいと願った。が、なぜか牧師は行かなかった。

その頃、私は地元の病院で、「乳ガン悪性の疑い」と言われ、専門の医師がいる病院を紹介された。家から1時間半もかかる都内にある病院だった。

その病院が、教会員の義理の妹さんが入院している病院だった。

私は定期的に診察でその病院へ行った。そして、その妹さんを病院に行くたびに、お見舞いした。

教会の何人かで祈っていたので、彼女は不治の病で、死を前にしているかのようだったが、癒されると信じていた。お見舞いに行くたび、私は彼女と聖書の話しをしたり、祈ったり したが、神様の癒しを信じていたので、命細くなっていくかのようでも、なぜか、安心していた。が、彼女は亡くなられた。(天国へ行かれた。)

私は何もできなかった。なぜ、神様の備えの中、彼女のところへ見舞いに行くことになったかも良くわからなかった。

私の中で、一つ不思議だったのが、別の方の手術のときは喜んでお見舞いに行く牧師がなぜ、彼女を見舞わなかったか…ということ。

ある日、夕食を作っているとき、突然、聖霊様が教えてくれたような気がした。

「牧師は行きたくなかったのではない、行けなかったのだ。」と。

裁く気持ちとかは無かった。牧師は、自分を通して病の癒しが行われるのを強く願っていたのだと思う。回復の見込みのある方の見舞いには行けたが、死を目の前にしている方には、怖くて行けなかったのだと思った。(牧師は自分が行かない理由すら、気がつかなかったと思うが。)

それを教えられたら、なんか可哀想な気持ちすらした。

私たちは何もできないのである。何かできると思い込んだら、成功するか失敗するかに捕らわれるのかもしれない。

私は悲しみの、絶望の闇の中に、イエス様のともしびを持って行きたいと思う。

私は何もできないし、何も起こらないかもしれない。

そこにイエス様がいるなら、一緒に行きたい。

イエス様は言われた。『わたしに仕えるというのなら、その人はわたしについて来なさい。わたしがいる所に、わたしに仕える者もいるべきです。』

「わたしのいるところにいなさい。」と言われる。大切なことは、何かをしようとするのではなく、イエス様と共にいることである。

私と共にいてくださるイエス様がいるならば、私はイエス様とどこへでも行ける。

何かしようというのは無意味なのだ。イエス様と一緒に、悲しむ人、苦しむ人のところにいるだけである。何かをなさるのは、イエス様だけだから。

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2009年5月27日 (水)

“キリストのからだ”の回復のため、私が出来ること

“キリストのからだ”(見えない大きな教会=外のクリスチャンを含めた)の回復のため私は今、何が出来るか考えました。

『男は何かもらえると思って、ふたりに目を注いだ。すると、ペテロは、「金銀は私にはない。しかし、私にあるものを上げよう。ナザレのイエス・キリストの名によって、歩きなさい。」と言って、彼の右手を取って立たせた。

するとたちまち、彼の足とくるぶしが強くなり、おどり上がってまっすぐに立ち、歩きだした。そして歩いたり、はねたりしながら、神を賛美しつつ、ふたりといっしょに宮にはいって行った。

人々はみな、彼が歩きながら、神を賛美しているのを見た。』新約聖書 使徒の働き3:5~9

神様は、今、私にいろいろなことを教えてくれています。

私は、教会の中と外のちょうど、真ん中(教会の中のドア)にいる者です。

長い間、そこにいて教会批判してきましたが、神様によって本当に癒されました。

まだ、教会の中にかろうじている私は、外の人と一番接触したり、話しを聞きやすい者です。

私の喧嘩友達は、外にいて、私に「あなたは変わらなくてはいけない。」と言いました。そして、今、神様は、私が変わることを強く迫っている感じです。

なぜ、私が変わらなくてはいけないか?

私が教会の中と外の“壁”だからかもしれません。

イエス様はすべての人を赦し受け入れてくれますが、多くの教会が人間的に受け入れる枠を作り、その外に人がこぼれていきます。

私自身、教会の中にいて、傍観者のように教会と牧師を批判してきました。

けれども、それは、私が私自身を裁いてきたことと同じかもしれません。

私が変わる…私が外の人を理解し、受け入れることができれば、私は教会のギリギリのドアに立つものなので、その領域は広がるということです。

私はドアに立ちながら、外を見ています。聞こえなかった声を聞けるようになりたいです。

私が教会の中の者として外の人に出来ることはたくさんあります。

教会が何か足りずに、傷つけて、そっと去られた方に、謝ることができます。

痛みを共有し、祈ることができます。

私には、理解しにくいことでも、一緒 に聞く人、共感する人を捜してくることができます。

昨日、「迷える人」さんにettuさんが言ってくれました。

「ここには、是非、悩みだけを持ってきてほしいです。討論、批判、問答はここには似合わないと思いますから…。」と。

25年間、教会批判してきた私は言いたいです。「討論、批判、問答は誰のためにもなりません。何より、自分自身にダメージを与えます。」

悩みや、痛み、悲しみはいくらでもお付き合いしたいです。

それは一緒に祈り、癒されるためです。癒された人は、イエス様の赦しをたくさん受けます。多く、赦された人は、多く愛するのです。

見えないキリストのからだの癒しと回復は、外の人から始まると私は信じています。多く癒され、赦されるからでしょう。

痛みを負う人たちが癒されるために、私は何度でも、自分がしてきた失敗を証します。

すべての人が癒しと回復にいたるイエス・キリストのみ名が語られますように。

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2009年5月26日 (火)

“絶えることのない永遠のしるし”

一つの神様からの約束の意味を知りました。

『まことに、あなたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。

山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。

いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。

これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。』旧約聖書 イザヤ書55:12~13

3年前、息子の小学校のPTA会長をした。

全くやるつもりはなかったが、そのお話しをもらったとき、「機会を生かしなさい。」と神様から言われ、引き受けた。

人と出会いたいと、息子が幼稚園から、ほとんど毎年何かの役員をした。が、PTA会長となると、さすがにハードルが高い気がした。

引き受けてからも、「神様、私で大丈夫でしょうか?」といつも祈っていた。

そんなとき、イザヤ55章の約束のことばを神様からもらった。

「そうなんですね。楽しくやらせてくれるんですね、神様。絶えることのない永遠のしるしって何ですか?」と聞いていた。目に見える何かかなぁと思った。

任期につく3か月前、大先輩の方が私のところに来て言った。「会長になるべきなのは、あなたではないからやめなさい。」と言うようなことを言われた。

経験からいっても、能力からいっても、私も全然自信がなかったので、彼女の言われることは「ごもっとも」と思った。けれど、この約束のことばが、自信は全くない私を揺るがなくしていた。

「私の資質や能力を問われたら、やれないのはわかります。でも、私はすべての夜の会議も出席しますし、私がやれることは全部します。」と彼女に言った。30分の押し問答は終わった。

PTA会長は、やってみたら、ひたすら楽しかった。学校を越えて、たくさんの人と知り合いになった。

私たちの小学校では、歴代PTA会長は、掲額(けいがく)があった。私は17代目というのだが、他の人と同じ役員なのに、私だけ大きな写真を壁にかけられ、功績をたたえられる…というのは、違和感があり、抵抗があった。

写真を掲げなくて良いように、2年間神様に祈った。「歴代やってきていることを辞める訳にはいかない。」と校長に言われていた。しかし、私が会長を降りるとき、校長が変わり、「好きなようにしてください。」と、掲額辞退に至った。

今、子どもの中学で文化という役員をやっている。人気のない役だが、sebaさんがやるならと、たくさんの人が立候補してくれた。みんなとできて、楽しくやれている。

私自身に良いものはない。良いものがあるとしたら、それはイエス様だ。私のうちに住まわれるイエス様の喜びがまわりの人たちに喜びを与える。

『主の記念、絶えることのない永遠のしるし』は『いばらの代わりのもみの木、おどろの代わりのミルトスの木』であった。

永遠のしるしは、私を通して、イエス様のいのちがまわりの人たちに影響を与える…という約束と知った。

主の記念と絶えることのない永遠のしるしとは、人の中に与えられる。

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2009年5月25日 (月)

私の“ブログ周辺”に思うこと

最近、ブログのコメントがにぎわったり、とても楽しい日々です。そして取り巻く皆さんに感謝します。

『初めからあったもの、目で見たもの、じっと見、また手でさわったもの、すなわち、いのちのことばについて…

私たちの見たこと、聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたも私たちと交わりを持つようになるためです。

私たちの交わりとは、御父および御子イエス・キリストとの交わりです。』新約聖書 第1ヨハネの手紙1:1.3

昨日、礼拝に向かう最中、一つの情景が目に浮かびました。

それはイエス様のもとにいて、楽しそうにそれぞれがいる姿です。

今、このブログの周辺にも、イエス様によって、それぞれが好きなこと楽しんだり、イエス様から良いものをもらったりしているんだなぁと思いました。

このブログ周辺で、イエス様を楽しんでいる一部の人を紹介します。

まず、sebaこと、私。何の考えもなく、主人に言われて、突然去年ブログをスタート。自分の神様にある体験中心に話しを書いていましたが、ネタが切れそうになり、信仰のこと、教会のことなど今中心的に書いて、私自身祝福されています。

神様から聖書の話しを聞いて書いているので、書いている私が、「そんな内容もあったんですね。」と感動しています。

次に、ブログ管理人をやっている主人。綺麗な花や空の写真を撮りに行き、つけてくれています。私は未だに、パソコンは使いこなせず、携帯から記事アップしていますが、私のところに訪問者が増えるよう、日夜?いろんな工夫、努力をしてくれています。

3月頃から来てくださるようになった、求道中とのことの泉さん、イエス様に癒され、慰められているでしょうか。泉さんを通して、私はイエス様の素晴らしさを感じています。

ごく最近来てくださるようになったettuさん、彼が来てからこのブログが変わりました。なんか、コメントの少ないブログでしたが、コメントが増えました。集う人で、交流会になって、素敵です。

ettuさんは、たぶん3日間くらいかけて、私の過去ブログを読んでくれました。私の出会うイエス様を共に喜んでくださり、いつも、祈り、「このブログで交流しましょう」と外に向かって呼びかけてくれています。

ヨエルさんも最近来てくださいましたが、教会に傷んだ人のために祈っていつもコメントしてくれます。

そして、いつも欠かさず、読みにきてくださる皆さん。私は来てくれる人がいなかったら、こんなに神様に聖書のことを“聞く”作業はできなかったと思っています。来てくださる方によって、このブログも、成長している感じです。

私などは、教会でダメージ受けたことのほうが多かったので、霊的家族を知らない孤児のような感じです。

けれども、イエス様のもとで、好きな感じで、やりたいようにやるって、素敵だなぁと思います。

なんだか、私のブログでなく、イエス様にあって、みんなで作っているブログみたいと、胸ときめきます。

皆さんを通して、イエス様につながる喜びを、遅ればせながら感じさせてもらっています。

本当にありがとうございます。この感謝に答えて、私自身は聖書から聞いて分かち合う作業に忠実にありたく思っています。

ブログ訪問されたお一人、お一人に神様の祝福があることを心から願っています。

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2009年5月22日 (金)

牧師の前で、友人と大喧嘩(過去扁)

友人の引っ越しを手伝いながら、今まで経験したことのないような、天国のような平安を感じました。

『友はどんなときにも愛するものだ。

兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。』旧約聖書 箴言17:17

私が喧嘩友だちのMさんと出会ったのは、5年前。預言者的賜物があるせいか(わからないが)、彼女は優しい反面、ズバリと指摘してくる手厳しいところがあった。

私たちは小さな教会で女性3人で祈り会をしていた。そこにMさんがやって来て、言った。

「みんなさぁ、牧師のいないところで、牧師の悪いところ言うの、やめたほうがいいよ。」私は、「言えないから、こうして祈っているんだよ。」彼女いわく、「言えないって、誰だっていいたくないけど、言っているんだよ。」

ある日、牧師を囲んで、教会のことについて話す場所を作った。私とMさんは、「牧師に思っていることを言おう。」と前日、打ち合わせ済みだった。

ところが、どうしたことか、牧師を前に(牧師はかやの外)私たち2人の激しい言い合いになった。

「sebaさん、あなたが言いたいことを牧師に言わないからダメなんだ。」と言われる。「だから、Mさんみたいに言える人ばかりじゃないんだよ。」「言え!」「言えない!」「言え!」「言えないってば!」

牧師はオロオロしていた。

私たち仲がいいときは、本当に親密だった。が、「変われ!」「変われない!」という喧嘩になると最悪な感じだった。

そんな彼女がアメリカ行きが決まり、最後の2日間、引っ越しの手伝いをした。何を話す訳でもなく、船便荷造りなど、ひたすら手伝った。

ときおり、ご主人の英語とMさんの日本語のやり取りなど、聞きながら、私は今まで感じたことのないような、Mさんと共に過ごす空間に浸っていた。

何故、あんなに幸せを感じたのか…今、わかった気がした。

彼女は、教会の外にいるクリスチャン。彼女を少し理解するのに、5年もかかった。何度も、似たような喧嘩をしながら。

そして、もうしばらく会えなくなる、引っ越し手伝い日は、きっと天国で味あうような、“和解”のときだったかもしれない。赦しあっていないとか言うのではないから“和解”という言葉がふさわしいか…わからないが。

彼女は、私にとって、教会の外の代表だった。彼女に「変われ」と言われた。「変われって言われてすぐ変われないよ。」と言った。

私は教会の中の人と外の人の間に立つ人間。

外の人が何を感じ、苦しんでいるか、彼女からたくさん教えられた。

「変わりなさい。」と今神様から言われている気がする。祈らなかった教会のために祈るように。外の人の声をまっさらになって聞けるように。

あの日、私は教会の外の人と、和解した体験だったのかもしれない。

彼女は、別れ際、私をハグしてくれて、「sebaさんは私の本当の友だちだよ。」と言ってくれた。私もそう思った。

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2009年5月20日 (水)

“教会の外にいるクリスチャンへの約束”

教会の外にいて、痛んでいるクリスチャンのためにお祈りしたいです。

『わたし(神)が彼らを、その地、イスラエルの山々で、一つの国とするとき、ひとりの王が全体の王となる。彼らはもはや2つの国とはならず、もはや決して2つの王国に分かれない。…

わたしのしもべダビデが彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。…

わたしは彼らと平和の契約を結ぶ。これはとこしえの契約でとなる。わたしは彼らをかばい、彼らをふやし、わたしの聖所を彼らのうちに永遠に置く。

わたしの住まいは彼らとともにあり、わたしは彼らの神となり、彼らはわたしの民となる。』旧約聖書 エゼキエル書37章

私は25年間、教会に通いながら、教会や牧師を非難し、裁いてきました。

私の信仰生活は、神様から直接の癒しを受けながらも、教会に対しては、苦痛を感じるだけの者でした。

私の日常の一番の悩みは、長い間教会のことでした。

教会は幾つか変わりましたが、よく、教会に行き続けたと思います。それは、ただ神様が私を捕らえてくださっているゆえのあわれみと思います。

4年程前、神様の恵みの中で、関わってきた教会、牧師を赦しました。手放しました。そこに期待することを一切やめることができました。

すると、不思議と、イエス様の十字架の赦しと神様の私への溢れるばかりの思いが注がれました。

目に見えるところから手を引き、ただ神様に信頼する生活が始まりました。

最近、目に見える教会に連なっていないクリスチャンのことをとても考え、祈るようになっています。

イエス様の赦しをいただき、「天のお父さん」と呼ぶ聖霊の救いのあかしをいただいているのに、神様を共に喜ぶ交わりがないため、痛んでいる人たちがたくさんいるのかもしれないと思いました。

4年前、神様がエペソ2章を通して、イエス様の十字架で、教会に集う人たちも教会に集っていない愛されているクリスチャンも、神様はひとつとしてくださるという約束を神様から聞きました。

まだ、教会の外にいるクリスチャンのために、そんなに祈っていないときだったので、良く分からなかったけど、約束の意味は漠然とわかりました。

今日、聖霊様がエゼキエル37章を通して、2つのものをイエス様によって一つにしてくださる約束、そして、神様の臨在(聖所)によって、神様と共にいる幸いの約束を神様から教えられました。

教会の中が、きよめられ、エゼキエル47章のように、聖霊の川が外に溢れますように。

教会の外にいる人たちに癒しが与えられ、神様の臨在の中、神様を崇めていけますように。

『ただわたしのしもべダビデ(イエス・キリスト)が彼らの王となり、彼ら全体のただひとりの牧者となる。』

イエス様によって平和が与えられ、2つのものを一つにし、隔ての壁が打ちこわされますように祈ります。(エペソ2:14)

私ができることは、お祈りすることだけかもしれませんが、癒しと回復と主の臨在を体験できるよう祈ります。

祈りの課題をくだされば、お祈りします。

神様の約束のみことばを信じる方は、共にお祈りしましょう。コメント欄にハンドルネームだけでもくだされば、お祈りします。

共に神様のみわざを祈り、神様がなしてくださる約束と回復を見ていけますように祈ります。

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天国を近くに感じた日

私は、天国をとても意識したときがありました。

『主よ、来てください。』新約聖書 第1コリント16:22

「神様、私、もうすぐ天国に行きますか?」

そんな風に祈っていた日がある。今から4年前だった。

乳癌検査で、「悪性の疑い」と言われた日だった。乳癌、即、天国ではないだろうが、何故かそのときは「もうすぐ私、天国なのかなぁ」と思った。

息子が小さいうちは、死ねない…と常日頃思うのだが、その時は、聖霊に満たされて、天国が近くで輝いているように感じられた。

そのとき、パートで働いていた。経済的にも、シフト的にも、辞められないと思っていた。

が、「私、後どれだけ地上にいられるのか…このままでいいのか…」と思った。

パートの仕事をすぐ辞めた。

「神様、私、神様のために、時間を空けました。何をしたらいいですか?」と祈った。

まもなくPTA会長の話しがあり、2年間やった。昼間も夜も活動で充実していた。今、そのおかげで地域の人たちとの関わりが広がった。

乳癌は半年検査をしたが、誤診のようだった。

一番大切なこと、毎日の忙しい生活の中で忘れそうだけど、私にとって、生活スタイルの転機となった。急激にたくさんの人たちと関わることになった。よく祈るようになった。神様から急速にいろんなことを教えられ始めた。

永遠の時の中で、今が与えられている。

神様、日々、あなたと共にあるように祝福してください。

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2009年5月18日 (月)

人を動かす“十字架の力”

『ユダヤ人はしるしを要求し、ギリシャ人は知恵を追及します。

しかし、私たちは十字架につけられたキリストを宣べ伝えるのです。

ユダヤ人にとってはつまずき、異邦人にとっては愚かでしょうが、しかし、ユダヤ人であってもギリシャ人であっても、召された者にとっては、キリストは神の力、神の知恵なのです。』新約聖書 第1コリント人への手紙1:22~24

2日前、私のブログ人生の中で初めて(って…まだ10か月だが)コメントを5個もいただいた。

そして「毎日更新、凄い」とのお褒めのことばをいただいた。

「パパ、毎日更新凄いねってほめられたよ。」というと、主人すかさずこう言った。

「はい、私(sebaのこと)は、日夜、家事も忘れて、何にも優先して書き続け、疲れては休息し、また、書き続けるのでした。」

まさにそんな感じ…。私も主人と大笑いした。

コメントで、「キリスト教ってシンプルですね。」といただき、まさに、そのとおりと思った。

今から一年前。私が日曜日の礼拝に行くたび、「イエス・キリストの十字架!!」というイメージが礼拝場所を包んでいた時期があった。

そして、「イエス・キリストの十字架が一番大事なんですよね。神様。」と祈っていたとき、「そうか!イエス様の十字架がなかったら、神様との交わりも何もないのか。神様とは出会えなかったんだ。」と、その十字架の恩恵を改めて、ひしひしと思った。

私の今日のビッグな出来事…それは私のためにイエス様が十字架にかかってくれたこと…すべてはそこから出発する。

私は意志も弱く、努力家ではない。もし意志が強く、努力家だったら、挫折して神様のところにたどり着いていなかった。

何もできない私を動かしているもの、それは、イエス・キリストの十字架の愛なのだと思う。

十字架だけが凄いと思えたのは、本当に最近だが、きっと、理屈を越えたところで、造り変え、動かしてきてくれたのは十字架の力なのだと思う。

「教会行かなくていいよ。」「聖書に従わなくていいよ。」とか言ったら、非難を浴びそうである。異端児扱い!?

だけど、「十字架以外に大事なものはない。」と言いたい。十字架の愛の力だけが、人を変え、人を動かすから。

「十字架を信じているなら、これをしろ、あれをしろ。」と思うかもしれないが、十字架に突き動かされたら、きっとじっとはしていられない。

私はブログ中毒…大丈夫か…と思うが、イエス・キリストの十字架に今、新たな思いで出会い、分かち合いたい気持ちが溢れている。

ブログ訪問してくださり、読んでくださる方々に心から感謝しています。

そして、「イエスの十字架だけが大事なんだ!」と共感してくださる方が増えてほしいと願っています。本当の神様の恵みはイエス様の十字架から流れています。

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2009年5月16日 (土)

教会の外のクリスチャンへ、ettuさんへ

昨日からずっと思っていることです。私の願いと祈りです。

『女が自分の乳飲み子を忘れようか。自分の胎の子をあわれまないだろうか。たとい、女たちが忘れても、このわたし(神)はあなたを忘れない。

見よ。わたしは手のひらに、あなたを刻(きざ)んだ。』旧約聖書 イザヤ書49:15.16

昨日の日中、ちょうど、キリストの体=教会について、お祈りしていました。

「日本の中の“見えないキリストの体”(イエス様を信じているすべての人)の半分は教会に行っていない人たちでしょうか。

その中で私が出会える人は何百万分の一にも満ちません。

神様、どうかその教会に行っていない半分のクリスチャンを覚えてください。

私は目に見える私が関わった教会を赦し、手放し、期待することをやめました。

そして、教会の外のクリスチャンのために祈ってきました。

けれども、もしかしたら、教会の中こそ、欠乏しているのかもしれません。

日本は、過去の戦争など、事実の罪を悔い改めない国と言われています。日本の上空は、黒い悪霊の雲でおおわれ、神様の働きが妨げられているのかもしれません。

教会にも神様が働きにくいのかもしれません。

私は教会の外にいるクリスチャンに関心がありますが、教会の中がきよめられ、聖霊に満たされたら、そのきよい水が、エゼキエル47章のように、外に流れるのかもしれません。

私自身、赦され、癒され、きよめられ、神様の溢れる愛に包まれました。

教会の外の人たちのために、中を祈っていくことが必要なのかもしれません。

神様が、少しずつ、私の祈りを変えてくださることをありがとうございます。」

そんな祈りをしていました。その夜、今は教会の外にいるというettuさんより、コメントをいただきました。

このブログは始めはノンクリスチャンの友人への神様の紹介と思って書き始めました。

だから、本心の教会への苦痛の体験を書き出したときは、すごくためらいました。ノンクリスチャンの友人が、「教会ってそんなに大変なところなの?」と思われたら…せっかく神様のすばらしさを伝えたいはずなのにと。

でも、書いていくうちに、私が人と分かち合えることは、教会で苦しんだ25年の信仰生活から生み出されたものだったと気がつかされました。

ettuさんのコメントを読んで、「神様、教会の外の人たちのために、私、もっと何かできないでしょうか。」と思っています。

教会の外にいるクリスチャンの苦悩。変わらず、神様に愛されているのに、違うメッセージを受け、失望している人たちに、神様は「あなたをそのままで愛している。恋人の名前を手のひらに刻むように、あなたの名前を刻んでいる。」と、言っています。

私ができること、神様が願っていること…神様に聞いていきます。

ettuさんの傷が完全に癒されるよう、祈ります。そして、一緒に外のクリスチャンの癒しのために祈りましょう。神様が良いことをしてくださることを信じて。

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2009年5月14日 (木)

父との2度の和解

母のことを書いたら、父との和解についても書きたくなりました。ただ、神様のしてくださった和解です。

『父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。』旧約聖書 詩篇103:13

父は、子どもを可愛いがる、本好きで、社交的な人だった。趣味はカメラとハーモニカ。小さい頃、父の軽快なハーモニカの曲を良く聞いた。

そんな父が私が小学4年に統合失調症(分裂病)になり、入退院を繰り返した。家に戻った頃には、薬のせいか、全く別人のようだった。会話らしい会話をした記憶はない。

父は生きていたが、私の中では、精神的に父不在だった。母が亡くなったとき、父は「母さんと同じ神様を信じる」とイエス様を信じた。

それから3年後、父が亡くなり、告別式が教会で行われた。私は教会に入ったとたん、天国にいる父母の「これから頑張れよ、頑張れよ。」という声が聞こえた。(聖書的にどうかわかないが私には聞こえた。)

私は、その瞬間、何か神様の温かいものに包まれた。会場の前列に座り、私はオイオイ泣いた。父が亡くなり悲しくてではなかった。「父は私を愛してくれた!私が小4までだったが、それまでの愛情で充分だったんだ。父さん、愛してくれてありがとう。」神様のあわれみの中、嬉しくて泣いた。

あれが父との和解だった。そして、もう一つ。それから10年位過ぎてから…。

私の思春期は父不在だった。私の境界線の一部は、そのことで崩れていた。

その崩れた柵(さく)からいつも、泥棒が入りこむように、サタンの入る格好の隙間になっていた。子どもの頃、父に求めて得られなかったものを、人から求めてしまう自分がいた。

その崩れから、圧倒的に悪いものが入って支配されそうな時があった。

神様に祈った。「神様、悪いものを私から退けてください。」

すると、小学6年のとき、父と私がこたつに入って、テレビを見ている場面がはっきりした映像で思い浮かんだ。

その小6の私は祈った。「この病の父を赦します。私は父から必要なものをこのとき、もらえませんでしたが、父は孤独と病で苦しかったのです。私を赦してください。神様を知りませんでしたが、このときも神様がいてくれたのですね。父に何もできなかった私を赦してください。」と祈りました。

その瞬間、崩れた柵が建て直され、回復し、支配しようとしていた悪しき者はいなくなり、聖霊に満たされていた。

父を赦し、私を赦してもらった、父との2度目の和解だった。

父は、幼少の頃、たくさんの愛情をくれた。そして、ずっと日記を書き続けた父の血を引き継いで、私は今文章を書くのが楽しく、ブログを書き続けている。

考えることの好きな性格を引き継ぎ、今、聖書を読みながら、神様を、その思いを思いめぐらしている。

私の与えられた個性の多くは父からもらった。父さん、ありがとう。神様、和解をありがとう。

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赤いカーネーションの鉢に母思う

私のブログではいつも不名誉な母ですが、今日は“ありがとう”を言いたいです。

『母に慰められるよう者のように、わたし(神)はあなたがたを慰め、エルサレムであなたがたは慰められる。』旧約聖書 イザヤ書66:13

日曜日、母の日に、主人と息子で出先から、真っ赤なカーネーションの鉢を買ってきてくれた。

その綺麗な鉢を見ながら、私は天国に行った母を思い出す。

ブログでは、「価値観の違う母に育てられ、私は全自己否定の人間になった。」というところで、母が登場する。

精神の病があった父を抱えながら、女手一つで、姉と私を育ててくれた、たくましい母。なのに、いつも、ブログでは悪者扱いされて、申し訳ない。

母は周りから「美人」と言われる顔だちは綺麗な人だった。父は、そんな母を好きになったのだと思うけれど…そこが人間的には不幸だったかもしれない。

価値観の全く違う父と母は引かれあったのだろうが、父は孤独だった。死ぬほど孤独で、病を発症した。

母は、私から見たらどうしてそこまでと思うくらい、美を追及していた。単におしゃれだっただけかもしれないが、母の誇りとするところは、そこだったのかもしれない。

私は反動か、もともとか、しっかりおしゃれとかとは、縁遠い人間になってしまった。

母は、それでも、私たち娘に、母なりの深い愛情を注ぎ込んでくれた。

私は、自分が大切にしているもの…考え方とか生き方とか…一生懸命に母に理解してほしいと切望した。母だけには理解してほしいと。

母には、母なりの子どもの幸せがあり、私の話しはどこまでいっても母のそれとは重ならなかった。

けれど、母は母なりの愛情を深く深く私に注いでくれていた。それが私が求めるものと違っていただけで。私がほしかったのは、“理解される”ことだけだったが…。

赤いカーネーションの鉢を見ながら、母への感謝がこみあげる。

「かあさん、産んでくれてありがとう。育ててくれてありがとう。私の求めたものでなかったけど、たくさんの母親の愛情ありがとう。子どものためにと、たくさんの苦労ありがとう。ずっと反抗期で、かあさんを泣かせたけど…ありがとう。天国に行く慰めをみせてくれてありがとう。」

好きになれなかった母を今は心から“ありがとう”と言えるようにしてくれた、イエス様、ありがとう。

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2009年5月11日 (月)

喧嘩友だち、アメリカへ立つ

私の大切な友人について、聞いてください。

『友はどんなときにも愛するものだ。兄弟は苦しみを分け合うために生まれる。』旧約聖書 箴言17:17

喧嘩友だちだった親愛なる友人が、来週、ご主人とアメリカに旅立つ。

アメリカに永住することになる。「アメリカに遊びに来てね。」と言われたが、海外旅行どころか、国内旅行もしない私にはちょっと無理っぽい…。

彼女とは、出会って5年位たつが、とにかく良く喧嘩した。女だから、殴り合いこそしないが、激しい言葉で言い合いをした。

お互い、喧嘩すると、すごくエネルギー使うし、日頃温厚(!?)で通ってる私にしては、毎回喧嘩はひどく疲れた。

彼女も体調悪いときもあって、鬱っぽいのに喧嘩してたりしたから、家ではぐったりだったと思う。

彼女との喧嘩のきっかけは、いつもお互いのことではない、第3者に対する私の態度のことであった。

「直せ、変えろ」と言われたが、言われたからってすぐ変われる訳ではない。

最後の喧嘩は、去年の11月頃だった。私は「ねぇ、もう電話切っていい?」彼女は「いいよ。」「それじゃ、バイバイ…」

激しい言葉が行き交った。電話を切って、言葉のアッパーパンチを食らったように、きつい言葉が胸にささった。だけど、心が平安だった。この人とは、なんだか真剣勝負なんだけど、ずっと信頼しあって付き合っていくんだなぁと揺らがない信頼関係を思った。

そのころ、彼女は「あ〜あ、もうやってられねぇよ。みんな、面倒臭い!もういいよ。」と心で思っていたらしいが。

彼女は、親に虐待されて育った。私には理解できないほど、重い過去がある。私は、彼女を理解するのに、時間がかかった。まだ、多くを理解していないかもしれない。

でも、11月の喧嘩にして初めて私は、彼女のきつい言葉の中に、彼女の叫びを聞いた気がした。

表現が違うけど、やっと何回目かの言い合いにして、彼女の言葉の裏に“心の叫び”を聞くことができた。

彼女は、“見捨てられ感”が強い。「そうやって、sebaさん、あんたも私を友だちじゃないとか言って見捨てるんでしょ!」と私に言った。

そのことばは「私はあなたを必要としている!」と言ってくれた“心の叫び”だった。

人生で「あなたが必要だ!」と怒るほどに叫んでくれる友人がいるだろうか…。痛いけど、“心の叫び”が聞こえたら、嬉しかった。

彼女は旅立つ。「教会でもクリスチャンとも良いことはなかった」と言いながら…。

けれども、彼女の神様から与えられた使命と賜物は変わらない。

きっと、どこかで、ご主人と、この世の見捨てられたようなホームレスや囚人の人たちのために仕えている。

人はその友によって磨かれる…とあるが、彼女からたくさんのことを教えられ、少し変えてもらった。

彼女のおかげで、少しだけ、声にならない人たちの叫びを知ることができたような気がする。

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2009年5月 6日 (水)

“罪の告白”がもたらす良いこと…

本を読んでいて、長年の答えを教えてもらったような記事に出会いました。創世記をちょっとお休みして、この分かち合いにお付き合いください。

『もし、私たちが自分の罪を言い表すなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦(ゆる)し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。』新約聖書 第1ヨハネの手紙1:9

この聖書のことばは、人々が癒されるためにと、私が神様から教えてもらったものである。

29歳の時、私の中で徐々に心の癒しが始まった。その時の、礼拝メッセージで「傷ついたら、傷つく奴が悪い」と牧師が言った。人間的な言葉だと思った。しかし、人に極度に傷つきやすい私はその日から一つのことを実行した。

誰かの言動に傷つくたび、心の中で、「神様、この人を受け止めきれない弱い、不完全な私を赦してください。」と祈ることをした。不思議と相手がひどい人だ…とそちらに気持ちが向かず、祈るたびに神様から癒される経験をした。

私の中で、傷ついたら、即、自分の不完全さを祈るのは、やみつきになった。神様から癒され続けた。

33歳の時、その教会がなくなった。「何にもなくなっちゃいました。」と言う私に、「あなたがこれまでの苦しいところを通ったのは、あなたが握っているものを手放すためだったのだよ。」と神様に言われた。

握っているものを手放したとたん、鳥のさえずりや花の美しさ…神様の中に生かされていることを充分に喜べるようになった。(それまでは、神様の働きが開かれないことに失望しきっていた。)

私は神様に聞いた。「私は今、神様によって、深い心の癒しを体験しました。この癒しは、誰にでも約束されていますよね。どの聖書のことばで説明すればいいですか?」

そのとき、この「第1ヨハネ1:9によって」と教えられた。私はバカの一つ覚えのように、「神様は、自分の弱さを認め、告白するものに、赦しと癒しときよめをくださる。」話しをこの聖書のことばを出して繰り返ししてきた。

あれから15年、去年親しい友人から言われた。「罪の告白…って、傷んで傷ついている人にとって、それはあまりにしんどいことだよ。sebaさん!」

しんどい人がいる事は理解したが、私にとっての癒しの商売道具(!?)のようなこの聖書のことばをどうしたらいいの?と…しばし、私は無口になった。

ボンヘッファーさんの「共に生きる生活」の「罪の告白」を今日、読んだ。

私に足りなかったのは、“罪の告白”はイエス様の十字架のもとにどんな素晴らしいことをもたらすか…その説明があまりにも足りなかったのだと教えられた。

ボンヘッファーさんの“罪の告白”がもたらすものの説明を、分かち合いたいと思った。

次につづく…

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2009年5月 5日 (火)

男と女が造られた意味(創2:22)

神様が造られた男性と女性について、思ったことを書きます。

『こうして神である主は、人から取ったあばら骨を、ひとりの女に造り上げ、その女を人のところに連れて来られた。』旧約聖書 創世記2:22

私が“女であること”…私の中では長年受け入れることのできない“自己否定”の一つであった。

私は次女として生まれた。両親は男の子の誕生を切望していた。が、誕生したのが女の子と聞き、彼らはガックリとした。父は私を抱き上げることもせず、私の名前は近所の人がつけたと聞いた。

母は、幼い私に、「お前が男の子だったら…」と繰り返し、繰り返しため息混じりに言った。私は家族の中では“カー坊”と呼ばれ、ほとんど親戚や近所の人にもその呼び名は浸透していた。

ありったけ“女であるな”というメッセージをすりこまれた私は、自分が女であることを呪った。

世の中で、男性は敵対するものであったし、自分の女性らしさを否定して、ズボンしかはかなかった。

クリスチャンになってから、“女性であること”のますますの苦しみに出合った。

初めの教会は「女性は公の場所では祈らない」という教会だった。

私が就職した教会は女性のメッセンジャーを認めない教会だった。神学校を出ても、神様のことばを語れないというのは辛かった。私が女性であることの傷がさらに深くなったかのような時だった。

そんな私だったが、主人と出会ってその傷は癒された。主人のお母さんは、男女2人ずつの子どもたちをその個性のまま受け入れてくれる人で、主人も“男だから”という縛りもなく育った。

そして、私を“女のくせに”(これは私の母の口癖)と言うこともなく、ありのままを受け入れてくれた。

私は私のままで良い…女であることの否定的な思いは全くなくなった。

神様はアダムを造り、助け手として、女性エバを造られた。

夫婦としてのパートナーという部分はあるが、社会においても、男性のパートナーとして女性がいると思う。

男女平等と言われる背景に、長い日本の歴史の中で、女性がしいたげられてきた、認められない世の中があったのだと思う。

それぞれ神様に与えられた特徴が尊重され生きていくとき、神様が造られた調和のある社会が成り立つのではないか。

女性は男性に尊重され大切にされることで、その特性を喜ぶ。男性もまた、女性に認められ、尊重されることで、与えられている力を発揮する。

この世の中、女性と男性しかおらず、自分にとっては未知なる異性、時には理解しがたい異性…神様が造られた半分の性を尊重することを神様は宿題として出されておられるのかもしれない。

###

神様、あなたは男性と女性を造られました。

その違いは驚くほどなのかもしれません。けれども、あなたは、私たちは半分しか知らないことを教えてくれているのかもしれません。

私が神にならず、未知なる人たちがいるのを謙虚に受け止め、尊重していけますようにしてください。

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2009年5月 1日 (金)

生きるために与えられた“ことば”(ヨハネ1:1)

神様が創造のみわざに使われた“ことば”が今私を支えてくれる恵みを思います。

『初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。』新約聖書 ヨハネの福音書1:1

私たち人間は、“ことば”に渇き、“ことば”を求める存在なのだと思う。すべての人が…。

それは、神様が“ことば”で私たちを造られ、ただ生物の中で人間だけが“ことば”で神様と交流する意図をもって造られたからだと思う。

私は神様に出会う前、“ことば”を求めていた。それは、私を支えてくれる、私を保ってくれる、私を生かしてくれる“ことば”がどこかに漠然と“ある”と確信して、探し求めていたのだと思う。

あまり読書家ではない私だったが、パスカルの「パンセ」や三木清の「人間とは…」みたいなものに求める“ことば”を探して読んだ。

私は人の言葉にも、無意識に“私を生かしてくれることば”を過度の期待を持って、求めていた。

だから、大学生のときは、親しい友人の言葉に裏切られた…と過剰反応し(ただ私が求める“ことば”が無かっただけなのだが)、リュックを背負って、北海道とか、九州とか旅に出た。

信じられないくらい私は、世の中に溢れる“ことば”に失望したり、苦しんだり、悲しんだりしながら、私を生かす“ことば”を求めていた。

だから、神様に出会い、聖書の“ことば”を知るに至ったときは、感動物だった。

聖書の“ことば”は神様の語りかけとして、私の人生を支えた。神様の“ことば”は、ときには、深く私の心をつらぬき、私を造りかえた。神様の“ことば”はいつも私の人生の解決へと導いてくれた。(たとえ解決されなくとも、「安心してわたし(神様)にまかせなさい」と。)

『人はパンだけで生きるのでなく、神のことばによって生きる』(マタイ4:4)は私の中で実感としてある。

神様の“ことば”(=聖書)がなければ、私は滅んでいた。生きていくことは不可能だった。

だから、私は神様の“ことば”に固執するのだと思う。

“ことば”は神様とともにあり、“ことば”が神様であった。世界が始まる前から、そして天地創造もまた、神様は“ことば”をもって、ご自身を現し続けた。

そして、今、“ことば”は人となって私たちの間に住まわれた。(ヨハネ1:14)イエス様が“ことば”の人であり、今、聖霊様とともに私たちを愛し、赦し、癒すために働かれておられる。

###

私たちを“ことば”で造られた神様は、私たちを神様の“ことば”で生かし、支え続けてくださり、ありがとうございます。

日ごとに私たちに神様の“ことば”を語ってください。

日ごとに“ことば”となって私たちの内にいてくださるイエス様を教えてください。

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私の初めが神の初めとつながった日(創1:1)

私の初めは、神様の初めにつながっているすばらしさを思います。

『初めに、神が天と地を創造した。』旧約聖書 創世記1:1

私は、病気になって交流がなくなってしまった父と、私と全く違う価値観を持つ母に育てられた。ありったけ、「私は私であるな」と自己否定を身につけた私は、20歳の頃は、人生のさ迷い人だった。

虚無感と孤独の渦の中にいた私は、自分の心の中でいつも問いかけていることがあった。

それは「私は何のために生きているんだろうか?」ということだった。自己否定、自己嫌悪にさいなまれながら、なお「私は何のために生きているのか?」と、うめくように、激しく問い続けていた。

22歳の3月のある日、私はクリスチャンの友人の祈りの中、神様に出会った。それまでも、聖書を読んでいたが、まさにその日、神様に出会った。私の中で何かが変わった。同じ場所にいながら、全くちがう世界に入っていった感覚だった。

「私はどんな存在で、何の役にたつためにいるのか?」そんな悩みをもった人間が、私を造った製作者に出会った…という感じだろうか。

その日、製作者に出会った私は、それだけで良かった。私は何者なのか…、私は何をすれば良いのか…、私はどこに向かっているのか…、そのときは何も分からなかったが、すべてを知っている方に出会ったので、すべてが瞬時に解決したかのようだった。

その日以来、私は苦難のときも、順風満帆なときも、神様がいないかのように遠く感じられたときも、ずっと製作者のいる世界の側にいるのを実感してきた。

私の人生は、造られた方に出会うことによって、すべてに意味があるものとなった。

神様は私たち一人一人を、私たちが生まれる前から見ておられ、私たちが呼吸をする前から私たちの一生の一日一日のスケジュールを作られた。(詩篇139:15.16)

神様は私たちを世界が始まる前から知っていてくださり、私たちをキリストにあって、愛する対象として造られた。(エペソ人への手紙1:4)

『初めに、神が天と地を創造された。』 それは、聖書の初めの一行であるだけでなく、神様の始まりの一行であるだけでなく、私の生きる意味を見い出す一行なのだなぁとしみじみ思った。

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神様、あなたが世界を造られ、私を造られたことをありがとうございます。

私は造られた方を知ったので、私の人生が偶然で成り立っているのではなく、造られた方の意図によって計画され、期待され、配慮されていることを知っています。

いつも、この造られた方に戻り、私がその造られた方の意図に沿って、最大限に“私らしく”生きていけるように祝福してください。

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2009年4月30日 (木)

禁止命令に満ちた世の中

中学校からきた息子のプリント(お手紙)を見て、とても教えられたことを分かち合います。

『もしあなたがたが、キリストとともに死んで、この世の幼稚な教えから離れたのなら、どうして、まだこの世の生き方をしているかのように、

「すがるな。味わうな。さわるな。」というような定めに縛られるのですか。

そのようなものはすべて、用いれば滅びるものについてであって、人間の戒めと教えによるものです。』新約聖書 コロサイ人への手紙2:20~23

中学2年の息子の、学校からのプリントを見て驚いた。ゴールデンウィークの過ごし方が書かれてある。なんと禁止命令、指示命令の多いことか!

「〜しなくてはなりません。」「〜しましょう」極めつけは、「自らを厳しくコントロールして、次の行為は絶対にしないでください。具体的な内容は自分で考えましょう。1、生活習慣を乱す行為
2、法にふれる行為 3、危険な行為 4、迷惑をかける行為」そして、横にストップと書いたイラストがある。

学校に迷惑をかける困ったことはしてくれるなという気持ちはわかる。が、子どもたちは、果たしてこのプリントを読むだろうか。

子どもたちも禁止命令に縛られ、気の毒な気もする。

実は、私たちは生まれたときから、「〜してはいけません。」「〜しなさい。」という世界に浸って生きてきた。(親の守りの言葉もあるから、すべてが悪いとは思わないが…)

してみると、神様の子どもになるには、ただイエス様の十字架を信じれば良かったのが、神様の子どもになったとたん「聖書の良い教えに従って、神様に喜ばれる子どもになりましょう。」という世界になりやすいのは、当然のことかもしれない。

私たちの“ただ信じるだけで良い”世界は信仰の入り口だけではない。そのイエス様という門をくぐったら、ずっと続くのである。

私は教会の中に、「ただ信じていく世界」でなく、「良い行いを追及する世界や自分の意志で頑張る世界」が普通に入っていることに、気が滅入っていた。けれども「ただ信じる世界」を保ち続けるということは、本当に難しいことなのだと、朝、子どものプリントを見て思った。

『しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。』ガラテヤ6:14

###

神様、私は教会の中がどうして、イエス様以外のもの(良い行いなど)が大事にされるのかと葛藤してきました。

けれど、実は、私たちの長年染み付いた習慣がそれで、今、生きている世の中も「〜しなさい」「〜するな」の世界なので、その中から抜けるのは本当に大変なのだと教えられました。

「キリストの十字架だけがすばらしい」と告白し、行動に縛られる世界から解放され、ただ赦されている喜びを動機とした世界に私たちを移してください。

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2009年4月29日 (水)

タラント発見の旅・寄り道(私に与えられているもの)

最近、ブログを書きながら、私に与えられている最も大切な、情熱が傾けられることはこれしかないと思わされています。

『私は、「主(神)のことばを宣(の)べ伝えまい。もう主の名で語るまい。」と思いましたが、主のみことばは私の心のうちで、骨の中に閉じ込められて、燃えさかる火のようになり、私はうちにしまっておくのに疲れて耐えられません。』旧約聖書 エレミヤ書20:9

この前、ボランティアの懇親会で、「今、何が一番楽しいの?」と聞かれ、「ブログを書くこと」と私は即答していた。

少し前だったら、「人と会って話すこと」だったが、今や“ブログ中毒”のようだ。

自分で分析するに、ブログをただ書いてるから楽しいということではないと思う。

ブログに書いていることは、私の一番心の底にある本音の神様の分かち合いで、それが書けること。そして、パソコンや携帯で、定期的に訪問してくださる方々がいて、分かち合ってくれていること。私がこういう形で神様をほめたたえ、大好きな聖書のことばを分かち合えていること。そして、ボキャブラリーが少なく、つたない文たけど、神様がこんな風に書いたら?…と教えてくれ、時には書きながら聖書の秘密を神様が教えてくださってること。書きながら、神様はやっぱりすごいと思えること。見えない訪問者の方たちのために祈れる祝福。とにかく、訪問してくださる方あってのブログなのだが、楽しくて仕方がない。

悲しみの人、預言者エレミヤは、イスラエルの民に「このままでは、あなたたちは神様のさばきにあい、バビロンに捕囚されてしまう。悔い改めよ。」と預言する。

が、その悲痛な叫びも民には届かず、エレミヤ自身は迫害にあい苦しむ。そんな中で、「もう神様の思いは語りたくないと思ったが、与えられた神様の思いは黙っているには苦しくて黙っていることは出来ません。」と言っているのが、この聖書の箇所だろう。

私も育児したり、ボランティアしたり、人と交流したり、癒されての日々は楽しいが、私にとって、神様のことばを分かち合うにまさる喜びはない…と今、実感している。

ブログ中毒でいいのか…と思いつつ、今は許されて、このようなときを持たせてもらっている幸せを思う。

私が最も情熱を傾けられることは、神様のあかしをし、神様のことばと思いを分かち合う…これしかないと私に与えられた賜物(神様から与えられた情熱とプレゼント)だと思うのだった。

ブログ訪問感謝します。ともに神様の良いものを分かち合いたいと切に願っています。そして、お一人お一人の生活の祝福を心から祈っています。

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2009年4月28日 (火)

思い出しました…

子育てに励む立派なお母さんたちの話しを聞き、思ったことです。

『しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。

また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。

これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。』新約聖書 第1コリント1:27.28

今日は、中学でやっている役員の代表者会議が、市役所であった。講演もあり、「子どもたちの性を考える」と題して、男の子と女の子の体のつくりの違い、性欲の違いなど、とても具体的に分かりやすく話された。我が息子も中学2年で、彼の中にどんな変化が起こっているのか、少し理解できた気がする。

思春期に、男の子の多くは、性欲が出てきて(体の基本的な成長)家庭の中にいる異性である母に距離をおきはじめるとあった。

そういえば、息子は最近急に、こたつをかたずけてから、リビングで過ごさす、部屋で過ごすことが多くなった。可愛い一人息子だが、最近は、私もブログを書くのに熱中し、子離れできてよかったなぁと思った。神様がいなかったら、私は子どもが一番で、子どもが神になっていたかもしれない。

帰りにお母さんたちとランチした。皆、立派なお母さんたちで、「私は子どもをこう“しつけ”しているのよ。」などと聞くと、“しつけ”能力がなく、主人に任せている自分を見せつけられる。

私が思春期の頃、母に受け入れられなかったので、私自身は子どもを受容する力だけはあるんじゃないかと思うけど、子どもをしっかり育てられる程、信念もなく、努力もなく、改めて、神様の憐れみで子育てさせてもらっているんだなぁと思った。

この世の中では、
愚かな者、弱い者、取るに足りない者、見下されている者…そんなものが、神様がほめたたえられるために選ばれた。

私は心が癒され、神様の安らぎの中に憩っていると、忘れてしまいそうだけど、神様無しでは生きていくことのできない者なのだなぁと思う。

努力家で、信念があって、立派な人たちの中にあって、“頑張る世界”ではビリッケツのようなものだけど、頑張らなくていい世界に生かされているのを感じた。

###

神様、この世の取るに足りない私を選んでくださってありがとうございます。

時々、忘れてしまいますが、神様無しでは育児どころか私自身が生きていくことすらできない者だということを思い出しました。

ただ、神様、あなたのあわれみによって、この世の人たちには隠されているイエス様のいのちによって生かされていることをありがとうございます。

この世の取るに足りない者を通して、神様がすばらしいことが証され、表されますようにしてください。

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2009年4月27日 (月)

神が愛された世

昨日の朝、我が家の小さな庭は、神様が造られた小宇宙のように美しかったです。

『神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。』新約聖書 ヨハネの福音書3:16

八重桜の優しい花びらが、庭中一面にちりばめられています。

花咲く季節を待つあじさいの葉っぱにも、花々にも、雑草にも、地面にも、愛犬のいなくなった犬小屋にも…。

小さな庭の真ん中にそびえ立つ桜の木…そこから散りゆく桜の花びら。

まるでイエス様の赦しのしるしが全地に降り注いでいるかのよう。

イエス様の十字架の赦しは、すべての人に降り注ぐ。

「ただ受けとるだけでいいのですよ。」と降り注ぐ。

悲しむ人にも、見捨てられた人にも、失意にある人にも、憎む人にも、病の人にも、死を前にする人にも…赦しの希望が降り注いでいる。

どうかイエス様のいのちの代価のプレゼントをたくさんの方が受けとれますように。

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2009年4月24日 (金)

本の中の本“聖書”

聖書の素晴らしさを思い、神様をほめたたえます。

『聖書はあなたに知恵を与えてキリスト・イエスに対する信仰による救いを受けさせることができるのです。

聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正(きょうせい)と義の訓練とのために有益です。

それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。』新約聖書 第2テモテ3:15.16

私は基本的に活動的タイプで、外に出ているのが好きである。家にじっとしていると具合が悪くなる。

ところが更年期うつ症状があったせいもあったが、今は家にこもっている。

ブログを書く、聖書を読む、本を読む…ひたすらその事をしている。私の人生で、聖書も本もこんなに読んでいるのは、生まれて初めてである。

ひとえに、ブログ訪問してくださる方と神様の良いものを分かち合いたい願いから来ている。訪問してくださる方あっての今である。

聖書は本の中の本と言われる。普通の本も素晴らしいが、聖書にまさるものはなく、聖書は本以上のものだ。

そこには、“啓示する神様”が現されている。“啓示する神様”が聖書のことばを通し、聖霊(神様からの霊)によって、不思議と人格的に個人に語ってくれる。

教えるだけでない、伝えるだけでない、人を慰め、励まし、支え、生かし、造り変えてくれる力がある。

“啓示”を国語辞典で調べた。「啓示とは神が人知では理解できない事柄について愛をもって自ら教え示すこと」とある。

神様は今も私たちの内にも外にも生きて働いて、神様を求める者に聖書のことばをもって語ってくれる。

私自身が自己中心の者から神様を慕う者に変えられた。神様のことばが、長い時間をかけて、私に必要なことを教え、父のように優しく戒め、窮屈なところを矯正し、神様の平安に憩えるように訓練してくれた。

ことばに渇き求める私たちに、神様は、人知では理解できない、思いつかない上からの知恵のことばと愛をもって、今日も優しく私たちの内に神様の創造のみわざをなしてくださる。

♯♯♯

世の中には言葉があふれています。私たちは、自分がおしゃべりをやめなければ、神様のことばは聞こえません。

人のことばも横に置くときも必要です。人のことばに支配されていたら、そこを癒し、そこから解放してください。

神様以上に大切にしていることばがあったら、教えてくださり、まずは、啓示の神様のことばを第1とさせてください。

神様のことばこそ、私たちを本当に生かすことばです。なぜなら、私たちを造られ、私たちの最善を知っておられるのが神様なのですから。

お一人お一人に、日々必要なことばで養ってください。

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命が与えられているしるし

花が咲いたのを見て、私たちも死んでしまっているようでも、イエス様のいのちが与えられているのだなぁと思いました。

『私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。

それで、たいせつなのは、植える者でも水を注ぐ者でもありません。

成長させてくださる神なのです。…

私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。』新約聖書 第1コリント3:6~9

昨日、庭に置かれた鉢の中で、ガザニヤの花がオレンジ色して3つ咲いていた。

春の暖かな日差しを気持ちよさそうに受けて、誇らしげに咲いていた。

嬉しかった。

ついこの前まで、玄関先で、花もつけずに、葉っぱだけがグッタリしていた。

庭担当の主人が「株分けしてやらないと、根が鉢の中でギッチリだ。」と3鉢に分けてあげた。2鉢は、すぐに花を咲かせた。

この最後の鉢は、花は咲かないままかなぁと思った。が、見事に綺麗に咲いた。

花たちは、皆成長するための条件が違う。日なたが良かったり、日陰が良かったり。水分がたくさん必要だったり、少なくって良かったり。植えどきや種の蒔き時も違う。

人も同じだなぁと思う。居心地がいいところもあれば、グッタリする場所もある。「私、生きている?」と思えるときもあれば、綺麗に花を咲かせる―生き生きとしてる自分―の時もある。

ある人はたくさん水―神様や人からの励まし―が必要だったり。基本、花はどんな花でも水と日光、土の養分はいる。

イエス様を信じた人には「天のお父ちゃん!」と呼ぶ聖霊が与えられている。(ローマ人への手紙8:14~16)たとえ、教会に行っていなくとも、何もしてなくても、イエス様のいのちが宿っている。神様の子どもである。

なんだかクリスチャンじゃないのかなぁと思っても、「天のお父ちゃん!」でも、「神様!」でも「イエス様!」でも、そうやって祈ることができるなら、神様の子どもである。

イエス様の十字架の完全性によって赦されている。神様の選びの中に、愛されている。聖霊が静かに心の中で、喜ぶのを待っている。

神様に忘れられずに見られている。神様が優しく語ってくださっている。

♯♯♯

神様、一人一人が神様の大切な子どもとして愛され、計画されていることをありがとうございます。

何かしたとか、教会に行けているとか全然関係ないことをありがとうございます。

ただ、イエス様が十字架で私の罪を処理し完了してくださったので、すべて赦され、今も受け入れられていることをありがとうございます。

私たちの中に、死んでいるかのようでも、眠っているかのようでも、イエス様のいのちが脈々と流れていることをありがとうございます。

ただ、ただ、成長させてくださる神様が、思いのままに成長させてください。一人一人の綺麗な花を咲かせてください。

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2009年4月22日 (水)

赦(ゆる)すとは…

この前、友人と赦しについて分かち合いました。

『しもべの主人は、かわいそうに思って、彼を赦し、借金を免除してやった。

ところが、しもべは、出て行くと、同じしもべ仲間で、彼から百デナリの借りのある者に出会った。彼はその人をつかまえ、首を絞(し)めて、「借金を返せ。」と言った。

彼の仲間は、ひれ伏して、「もう少し待ってくれ。…」…しかし、彼は承知せず、連れて行って、借金を返すまで牢に投げ入れた。』新約聖書 マタイの福音書15:21~35

“ゆるす”これは聖書のメッセージのテーマであり、「イエス様に赦されたのだから、私たちは人を赦さなくてはならない」と良く語られる。

すると、私たちの中で何が起こるか。「赦されたのだから、赦さなくては…。ああ、でも、赦せない。」というジレンマがくる。

何度かブログに書いたが、私は赦せない人たちがいた。

5年位前に、「境界線」の本のある一節に衝撃を受けた。

「誰かを赦すとは、その人を解放すること、つまり彼があなたに対して負っていた負債を取り消すことを意味します。赦すことを拒むなら、あなたはまだその人から何かを求めているのです。そして、たとえあなたが願っているものが復讐だとしても、あなたはその人に永久に縛られてしまいます。」

この箇所を読んで、「私は人を赦さないことで、一番嫌だと思う人に結びついている、影響され続けている、支配されているのだ」と思った。

「それはとんでもない。嫌だ。私は神様からだけ良い影響を受けたい。」と思った。そして過去に会って、思い出す嫌だった人すべての名前をあげて「赦します。」と宣言していった。

なんだか見えない縛りの鎖が断ち切れていくような気がした。とても自由になった気がした。

『こうして、主人は怒って、借金を全部返すまで、彼を獄吏(ごくり)に引き渡した。』(マタイ18:34)

私が誰かを赦さない状態というのは、私が牢屋に入れられ身動き出来ない状態のことである。

最も嫌だという人に、“決して得られないものを要求し続ける”鎖(くさり)でつながり、振り回されている状態である。

私は赦せない人の影響を受けたくないなら、手を放すことだと教えられた。人に要求しない、いっさい期待しない。手放すこと。

そのとき私は、牢屋の鍵が開けられ、自分から外に出て自由になる。

そのとき、私は良い方の影響だけを満喫できる。

神様が願っておられるのは、「わたしが赦したのだから、あなたも赦しなさい。」と言うただ厳しい命令ではない。切に私たちの幸せと自由を願う神様の愛情がそこにある。

♯♯♯

神様、私たちは人を赦しにくいものです。

自分の力で、赦し手放すことは出来ません。

神様の私たちに対する思いを知り、私たちもまたイエス様の赦しの力におおわれ、赦し手放し、神様の愛のご支配の中に憩えますよう、導いてください。

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2009年4月21日 (火)

慰めと優しさが満ちた場所

発達障害の親の会から教えられていることの分かち合いです。

『それはあなたが私の内蔵を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。

私は感謝します。あなたは私に、奇(くす)しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいはそれをよく知っています。

私はひそかに造られ、地の深い所で仕組まれたとき、私の骨組みはあなたに隠れませんでした。

あなたの目は胎児の私を見られ、あなたの書物にすべてが、書きしるされました。私のために作られた日々が、しかも、一日もしないうちに。』旧約聖書 詩篇139:7~16

息子の通っていた小学校のお母さんたちが集まっての、発達障害の親の会が発足して、まる4年になる。

「神様、学校で悩むお母さんたちに会わせてください。」という祈りがきかれ、神様の不思議の中で始まった。

今日は特別支援学級に通うお母さん2人と、我が家でお茶会をした。一人は晴れて、この4月から希望していた高等養護学校に入学した。

いろいろな技術を科ごとに習得し、100%就職へつなげてくれる学校とのこと。

といっても、この不況の時代。弱い者はますます隅に追いやられる。

先生たちも、PTAの就職部も力が入っているらしい。「どんな情報でもいいので学校に集めてください。」とのこと。緊迫感が漂う。

が、大きな目標の就労に向け、そんなに一生懸命やってくれる人たちがいるのはありがたい。本当に人間すてたものではない。

中学での卒業式には、特別支援学級の子どもたちのため、他に異動した元担任の先生(音楽の先生)が朝早くこっちの学校へ来てくれて、アンジェラ・アキの「15の君へ」を歌ってくれたらしい。

子育ても難しく、その子どもたちも生きにくい中、子どももお母さんもちゃんと良いものを拾って支えにして生きている。

明日は、普通学級に通う発達障害のお母さんの会がある。(どちらも月1で集まっている。)

お茶やご飯を食べながら、近況報告したり、情報交換する、ひたすらおしゃべりする会である。毎回入れ替わり立ち代わり7〜8人のお母さんが集まる。

が、ここのお母さんたちも、とても明るい。そして、優しさに満ちている。「うちの子ども、どうしたらいいんだろう」と悩むお母さんに、みんな同じ悩みの道を通ってきたので、「つらいね。でも大丈夫よ、きっと。」と受容と慰めのことばがその場を包む

子どもたちも親も、一人一人違うけれど、神様が造られた人はやっぱり素晴らしいと、私はいつも感動する。神様が与えてくださった素晴らしい最高作品を見せられるときである。

♯♯♯

神様、優しさや慰めは楽しいだけのところでなく、悲しみと辛さを通ってきたところにあるのですね。

生きることが大変でも、受け入れあって、向き合っていく力強いお母さんたちに人間の素晴らしさを教えられます。

神様、あなたが計画され造られた一人一人の子どもたちが、自分の居場所を見つけ生きていけるよう助けてください。

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ヨナタンとダビデの友情

「友はいいものだ」と改めて思った今日、ダビデとヨナタンの友情を共に分かち合いたいと思いました。

『ヨナタンは自分と同じほどにダビデを愛したので、ダビデと契約を結んだ。

ヨナタンは着ていた上着を脱いで、それをダビデに与え、自分のよろいかぶと、さらに剣、弓、帯までも彼に与えた。』旧約聖書 第1サムエル記18:3.4

遠方より友来る。一年に一回位のペースで、遠くから友人が会いに来てくれる。

私も一年分の自分の足りなさとそこに働いてくれた神様の素晴らしを話しまくる。

私よりちょっと年上の友人は、私にしてくれた神様の良き出来事を自分のことのように喜んでくれる。

20年前に、教会が私たちの前から無くなったときの共通体験を共に思い出す。私たちの結論は、人はとにかく弱く、いろんなことに誘惑される存在で、自分たちだって気をつけないと…と話しをする。

あの後、別々になってから、彼女は属していた教会を3回ほど移った。出るたびに傷と痛みを負い、いまだに癒えていないと言っていた。

あっという間に時間が過ぎた。「一日あっても足りないね。」と時が立つのを惜しんでくれた。密度の濃い時を過ごして別れた。

聖書では、ダビデとヨナタンの友情が有名だ。

ヨナタンはダビデと出会い、友情を誓い、その生涯、その友情を貫いた。

ヨナタンの父サウル王がダビデの命を狙っていたときも、ダビデを支えた。そして、ヨナタンが本来、王位継承者である状況で「ダビデよ。あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者です。」と語る。(1サムエル23:17)

ヨナタンが戦場で殺されたときはダビデは悲しみ、哀歌“弓の歌”を作った。(ヨナタンの弓からとった題名とされる)

『…ああ、勇士は戦いのさなかに倒れる。ヨナタンはおまえの高き所で殺された。

あなたのために私は悲しむ。私の兄弟ヨナタンよ。

あなたは私を大いに喜ばせ、あなたの私への愛は、女の愛にまさって、すばらしかった。

ああ、勇士たちは倒れた。戦いの器(うつわ)はうせた。」(第2サムエル1:25~27

イスラエルの国の王位がサウルからダビデに移っていく情勢の中、美しい友情を貫いた2人。神様が出会わせ、結びあわせてくださった。

私たちは今、イエス様が「わたしがあなたの友です。」と言ってくださる。(ヨハネの福音書15:14)

私の喜びも悲しみも知り、共に寄り添ってくださるイエス様と親しくある日々でありたい。

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2009年4月17日 (金)

“十戒”の恵み・2(良好な人間関係への道)

第5の戒めからの分かち合いです。人に関する戒めの初めにありますが、私はこの戒めのことばに出会って、“十戒”の奥深さを教えられました。

『あなたの父と母を敬(うやま)え。あなたの神、主が与えようとしておられる地で、あなたの齢(よわい)が長くなるためである。』旧約聖書 出エジプト20:12

私は、精神病になり関わりがなくなった父と、価値観の違う母に育てられ、20歳の時には、全自己否定の人間になっていた。

神様に出会って、少しずつ癒されてはいったが、「神様、父母を敬う…これだけは無理です。勘弁してください。」という感じだった。

が、神様の深いあわれみの中、父母を赦し手放すことができた。ただ神様がそうさせてくれた。そして、新しい天のお父さんに養われる喜びに至った。

その後、何年もたってからこの“あなたの父母を敬え”という聖書のことばに出会った。

そして、そのとき、「これは単なる命令のことばではない。解放に至るためのことばだ。」と感動した。

私たちは、未熟児で生まれ、何もできないところから、まわりの人に育ててもらう。成人になるまで20年もかかる。

人間形成にあたって、そのまわりの育ててくれた人の影響が大きい。その影響を与える大半は父母である。

まわりの人、特に両親が「あなたはそのままでいいのよ」と肯定的に育てると、子どもの中に肯定感が育つ。反対に、「あなたがあなたであるな」という何らかのマイナスメッセージを受け(ことばだけでなく、育児放棄や虐待もそうである。)育つと、その心に否定的なものが育つ。

そして、残念なことに、その基本の人間形成が、後の人間関係に密接に関係してくる。

『あなたの父母を敬え』それは単なるきまりとしてでなく、関係を築くすべての土台となるところになる。

私のように、両親を敬うのは不可能な人はたくさんいる。しかし、ここに、イエス様の十字架が登場するのだ。

赦せない人を赦す…これは大変しんどいことで、自分自身では到底できない。赦したくない心もある。

しかし、親のためでなく、私のこれからの人間関係良好のため、しいては神様とさらに親密になるため、私の将来、未来のために…と思えたら、祈ってみてあまりあることと思う。

イエス様は私たちの傷を癒すため、十字架にかかられた。そして、私たちにいやしと平安を約束してくれている。

私たちがこの聖書のことばを使って祈るかどうか…解放への選択である。

♯♯♯

神様、もしかつての私のように、父母を敬うことが難しいと感じている人がいるなら、神様が助けてください。

神様はその捕らわれに苦しむ我が子をご存じです。

私たちが、自分の力でできることは何もありませんが、イエス様の十字架の力と愛でいやし、おおい、手放し、自由にしてください。心からお願いします。

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2009年4月15日 (水)

お招きする準備

イエス様はいつも私たちと親しく交流したいと願っています。

『見よ。わたし(イエス)は、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。』新約聖書 黙示録3:20

まだ、子どもが小さかった頃、子どもつながりで親しくなった方がいた。よくおしゃべりをしたし、一緒にでかけた。

あまり会う機会がなくなってから、私は時間を作って彼女の家に遊びに行った。彼女と会えることを楽しみにしていた。

ところが、彼女のほうは、忙しく家事をしていた。一度もテーブルにつかず、ほとんど話しもしなかった。私は彼女にとって、必要としなくなった友人になったのだと教えられた。悲しかったが、以後、彼女の家に行くことはなかった。

イエス様は戸の外に立って戸をたたいておられる。私たちの心の真ん中の部屋に入り、共に食事をして楽しもう、交流しよう、お互い深く知り合おうと言ってくださる。

けれども、私たちはイエス様を玄関に待たせたまま、違うことに夢中になりやすいものなのかもしれない。

イエス様をお迎えして、イエス様と楽しく時を過ごすためには、いろんなことを中断したり、ときにはあきらめたりしなくてはならない。

私は今、自分のことは自分でやれている…大丈夫と思っているとき、イエス様と語らうチャンスがあるのにイエス様を求めない、必要としない。

黙示録3章は、ラオデキアの教会へのメッセージである。イエス様のためにと行いにいそしんでいる人たちに宛てられた。

『あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。』(黙示録3:17)

彼らの問題は、自分が現状で大丈夫…と満足している、本当の自分の現状を知らないところにあった。

イエス様は神様の祝福の金(宝)、白い衣(裸の恥をおおう赦し)、目薬(霊的に見える力)を与えてくださると言っている。

イエス様を心の大事な部屋にお迎えし、親しく交流する者への約束は、“わたしの座に着かせる”とある。天国にいる如く、神様の満ちた世界におらせてくださる約束である。

♯♯♯

神様、私たちは、いつもイエス様が優しく声をかけてくださるのに、イエス様を戸の外に待たせっぱなしになりやすいものです。

いつでも、イエス様を歓迎し、心の真ん中にお迎えし、親しい交流を楽しむ者とさせてください。

自分がイエス様との交流を妨げているものを教えてくださり、そこにイエス様の赦しがおおわれ、手放していけるようにしてください。

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2009年4月11日 (土)

ギデオンのようなしるしを求めた祈り

『ギデオンは神に申し上げた。「もしあなたが仰せられたように、私の手でイスラエルを救おうとされるなら、今、私は打ち場に刈り取った一頭分の羊の毛を置きます。もしその羊の毛の上にだけ露が降りていて、土全体がかわいていたら、あなたがおことばのとおりに私の手でイスラエルを救われることが、わかります。」すると、そのようになった。』旧約聖書 士師記6:36~37

イスラエルの歴史の中、さばきつかさの時代、神様は敵から救うため、弱く、若いギデオンを用いられた。

神様が、ギデオンを遣わそうとすると、彼は尻込みした。そして、神様のしるしを求めた。神様はしるしを表された。

そして、ギデオンは幾つかの神様の不思議なみわざを見ながらもなお、神様のしるしを求めた。「その幼稚な奇跡のしるしに、神はこのような願いにも耳を傾け、ギデオンの信仰を確かにされた。」と注解書に書かれてある。

私も、神様にしるしを求めたときがあった。

8年前、息子の幼稚園のバザー委員長を決める前日だった。前の年、初めてバザーのお手伝いをし、委員長だけは、凄く忙しく、責任も大きいから、絶対避けたい仕事だなぁと思った。

そしてその年。神様から「やりなさい。」と強く迫られている気がした。「なんでもしますが委員長だけは無理です。私にはできません。」「やりなさい。」のやり取りの中、「それでは、神様、明日、私を推薦してくれる人が3人いたら、あなたの決めたこととしてやります。」と心の中で言った。

次の日、違う3人からやるように勧められ、引き受けた。

始まってみるとやることはたくさんあるのに、何をやってよいかわからなかった。一人の経験者に信頼して聞いていたら、突然ファックスで、「あなたが委員長としてダメなところ」が3枚にわたって書かれ、送られてきた。辛かった。

幼稚園の先生からは、会議で決まったことに対して、怒られ、くつがえされた。あとバザーまで5か月もあるのに、不登校気分だった。

家では洗濯物も、台所も山にやり、テーブルは書類の山になった。

神様にもたくさんお祈りした。

何度も窮地に至ったが、最後のほうは、押してくださる神様の風を感じながら、楽しくできた。

あの経験が今に生きている。あの委員長をやったおかげで、その後いろいろな役員の長をさせてもらった。それが今地域の人とのつながりになっている。

ギデオンのように、私もしるしを求めた。けれど、神様に信頼しきれない弱い私を神様はあわれんでくださり、私がステップを踏める足台をおいて、導いてくださったのだなぁと思った。。

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2009年4月10日 (金)

十字架以外に誇りなし

「イエス様の十字架だけが私の誇りです。」と言うことが出来る素晴らしさをしみじみと思いました。

『しかし私には、私たちの主イエス・キリストの十字架以外に誇りとするものが決してあってはなりません。

この十字架によって、世界は私に対して十字架につけられ、私も世界に対して十字架に十字架につけられたのです。

割礼を受けているか受けていないかは、大事なことではありません。大事なのは新しい創造です。』新約聖書 ガラテヤ人への手紙6:14.15

私が神様に出会ったのは、すべてのどん底…と思えるような中だった。

大学を中退し、東京に出て来て、グラフィックデザイン関係の専門学校に通った。が、続かなかった。比重を占めていたそば屋のバイトも危うくなり、心は孤独と虚無感でおおわれていた。

そんな弱さと挫折と生きる気力の無い中で、神様に出会った。

イエス様の十字架とか、聖書のことはほとんど理解していなかったが、「私を生かしてくださる方がいる。」と実感したときだった。そして、その瞬間からまったく今まで考えたこともない世界に入った感じだった。

それは、挫折ばかりする私だったが、努力や能力や意志の強さとは無縁の“生かされる世界”だった。弱さや足りなさがあってもそのままで、内側から湧き出る喜びのある世界だった。

私は嬉しくて、嬉しくて、たくさんの友人たちに「神様は私たちを愛しているのよ!」と部厚い手紙を書いた。友人たちからは「大丈夫?」と言われた。

私の苦しみは教会生活が始まって4年位してから始まった。初めはただ奉仕が楽しくって仕方なかったのに、教会で語られるメッセージが苦痛で仕方なくなった。

聖書のことが語られているみたいだが、私には親から言われるお小言と同じように聞こえた。

教会はいくつか変わったが、そのたびにメッセージがつらく、砂をかむような思いで聞いた。

そして、大事な恵みの神様と違うことを話されていることが赦せない…というところに至った。それでも、何故か教会の礼拝に行き続けた。私の教会生活で、一貫した悩みが、教会のメッセージだったのだ。

今は、神様はそれぞれに与えてくださってる役割があると思えるようになった。私が人を神のように期待した罪も示され、悔い改めた。人ではなく、神様に期待することが出来るようになった。

私はあの苦しみが、今、ブログに“神様の恵み”を書きたいと駆り立てられる思いになっているのに気がついた。あの苦しみは、本当に私にはなくてはならないものだったと思う。

「私には、イエス様の十字架以外に誇りとするものはない」この告白は、私の努力や能力や意志の強さや立派な行いはいっさい関係がない。私は私の弱さを赦してくれたイエス様の愛によって支えられているということだ。

18節の“割礼”は私にとって何か。「“努力や意志の強さによる良い行い”をしているかどうかは関係ありません。私にとって大事なのは、“イエス様によってもたらされた神様との新しい関係”です。」となるのだなぁと思った。

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“行い”から“関係”へ

自意識過剰という言葉がありますが、反対語は解放でしょうか。

『しかし私は、神に生きるために、律法によって律法に死にました。

私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリストが私のうちに生きておられるのです。

いま私が、この世に生きているのは、私を愛し私のためにご自身をお捨てになった神の御子を信じる信仰によっているのです。』新約聖書 ガラテヤ人への手紙2:19.20

ある時、市のボランティアで、講演会が行われ、100人余りの人が聞きに来てくれた。

私も準備係で前列にいたが、講演が始まってから思った。「あっ、水とコップが用意されていない。そういえば、受付にあった。」と急いで、持ってきて、講壇の半分まで登った。水とコップは隠れていただけでちゃんと置かれてあった。私はくるりとユウターンして講壇を降りた。

「あの人何やっているの?」とたくさんの人に見られたかも知れない。失敗をしてしまった。

が、そのとき、私は驚いた!!それは、ちっとも恥ずかしいと思っていない自分がいたことに…。かつての私だったら、誰もたいして気にしていないことでも、「なんて恥ずかしいことをしたんだろう。」と一人真っ赤になっていただろう。

私は変わった。恥じらいがなくなった訳ではないと思う。自分が変なことをしたり、間違っても、「どう思われるか?」というところから、解放された。

私はこう思う。自分が正しいことをしているか、良いことをしているか…自分の行いに注意がいっているときは、自分がどう思われているか気になる。

アダムとエバが善悪の木の実を食べて、裸が恥ずかしいと思ったように。

キリストの十字架は私たちを“行いの善悪”や“義務”から解放してくれた。