“イエス様のために生きる”
イエス様のために生きることについて思いました。
『御子は、見えない神のかたちであり、造られたすべてのものより先に生まれた方です。
なぜなら、万物は御子にあって造られたからです。
天にあるもの、地にあるもの、見えるもの、また見えないもの、王座も主権も支配も権威も、すべて御子によって造られたのです。
万物は、御子によって造られ、御子のために造られたのです。
御子は、万物よりも先に存在し、万物は御子にあって成り立っています。』新約聖書 コロサイ人への手紙1:15〜17
私は若いとき、「自分は何のために生きているのだろう。」と悩み、苦しんだ。
イエス様のところに導かれたとき、何もわからなかったが、御霊がイエス様のために生きればよいのだと教えてくれた。
イエス様のために生かされたい…長くそんなふうに思いながら、イエス様のためではなく、自分のプライドや考えのために多く生きてきた感じもする。
イエス様は万物より先に存在し、すべてイエス様によって、イエス様のために造られた。
イエス様は、いつも私たちを知って、私たちとともにいてくださるお方だが、そのイエス様の壮大さが言われている箇所なのだと思う。
私たちは神様に逆らい、怒りの子どもであったが、裁かれる存在であったが、イエス様の十字架のあがないによって神様の子どもとされた。
それは、私たちが神様とふさわしい関係に戻されたことを意味する。
神様は、イエス様は、親しい交わりをしたくて、人間だけを神様と同じ霊的な存在に造られた。
しかし、アダムとエバは神様に逆らい、麗しい、慕わしい関係が崩れた。
イエス様によって私たちが造られた本来の意味のところに戻れるということは、本来のあるべき姿に戻されていくことなのだろう。
イエス様によって、私たちは神様との関係を回復し、人と人との関係も回復への道を与えられた。
私たちにとってイエス様に生かされるうえで、最も大切なことはこの二つの関係である。
イエス様を知り、イエス様を愛するとき、私たちは人を知り、人を愛する御霊を与えられていくのだろう。
どうぞ、私たちのイエス様との関係が日々、親しくあれますように。
そして、私たちが互いを大切な存在として関わり合えますように。
| 固定リンク





























コメント