“イエス様が道、真理、いのち”
イエス様が道であり、真理であり、いのちと言われたことを思いめぐらしました。
『イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちです。わたしを通してでなければ、だれひとり父(神)のみもとに来ることはありません。』新約聖書 ヨハネの福音書14:6
おはようございます。
神様が人を造られ、その愛をイエス様によって現してくれました。
神様は私たちすべての人を愛し、イエス様の十字架の赦しを私たちに与えてくれました。
教会の外にいる人たちもまた、神様から愛されるために生まれてきたのだということを思います。
イエス様は、「わたしが道であり、真理であり、いのちです。」と言われました。
それはどこにつながっているかというと神様につながっています。
私たちには、様々な人生の道があります。百人いたら、百通りの道があります。
たった一度与えられた人生の道、どこに向かえばいいか、岐路に立たされ、迷います。
よく「神様のみこころはAの道かBの道か」というのを聞きます。Aが正解で、Bが不正解などというほど、神様は狭いお方ではありません。
たとえ間違っているような選択ですら、神様にあっては益とさせてくださいます。
どの道をいくかでなく、どんなふうに歩むか、誰と歩むかなのだと思います。
その選択にイエス様がいてくださるなら、その先は永遠なる神様に行きつきます。
イエス様は真理です。
私は若いころ、真実なものを知りたいと切に願いました。が、自分の中にも、人の中にも真実なものはあまり見い出せませんでした。
真理は人を生かします。私はイエス様に出会って、生かされました。たとえ、私がすべてを知らなくても、この真理である方を信頼して頼ることで、生かされてきました。
だから、私たち自身が何も知らなくても、頼る方が真理であれば、安心です。
イエス様はいのちです。私たちは生を受けて生まれてきましたが、やがて死にます。
イエス様のいのちは父なる神様とともに天国で生きるいのちであり、イエス様とつながり、神様と親しく交流できるいのちです。
イエス様がくださるいのちは、この神様とイエス様を知ることを喜びとするいのちです。
イエス様は私たちにたくさんの良いものをもたらすために来てくださいました。
このイエス様無しでは、神様のところへも、神様の国にもたどり着きません。
イエス様は今日も私たちに、「わたしのもとに来なさい。」と招いてくださっています。
イエス様がくださる道と真理といのちがお一人お一人の中に豊かにありますように。
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