“主よ。私の手のわざを確かなものにしてください。”
私の手のわざを確かなものとする…について教えられました。
『私たちの齢(よわい)は70年。健やかであっても80年。しかも、その誇りとするところは労苦とわざわいです。それは早く過ぎ去り、私たちも飛び去るのです。
だれが御怒りの力を知っているでしょう。だれがあなたの激しい怒りを知っているでしょう。
それゆえに、私たちに自分の日を正しく数えることを教えてください。
そうして私たちに知恵の心を得させてください。…
私たちの神、主のご慈愛が私たちの上にありますように。
そして、私たちの手のわざを確かなものとしてください。
どうか、私たちの手のわざを確かなものとしてください。』旧約聖書 詩篇90:10~12.17
今から20年前に、私は結婚した。心が癒されていなくて、普通に穏やかに過ぎていく毎日なのに、この「どうか、私たちの手のわざを確かなものとしてください。」と毎日祈った。
私の中で、神様の働きができない日々がとても悲しかった。
今日、この聖書のことばを開いた。
あの頃の自分を懐かしく思う。神様にある回復をした私には、まったく違うメッセージとなり、このことばが入ってくる。
私たちはやがて、ちりに帰る神様からみたら小さな存在である。
そんな限りある地上にあって、大切なこと、私の手のわざが確かにされること、それは“何かをやっている”とかいうことではない。
永遠の神様の前に大切なこと…それは、神様を愛し、神様を恐れ、神様とともに生きるということ。
限りある私たちが、何かをやっても、それもまた限りあることである。
神様だけがすべての計画をもっておられ、神様だけが、その一部を私たちに託し、私たちは限りある中で、そのことをなす。
しかし、何かをしても、しなくても、ただ神様だけが、永遠の方であり、私たちは御怒りまぬがれ、あわれみの中に生かされるだけだ。
人の評価で、大きなことや小さなことはあるかも知れない。
しかし、絶対的な神様にあっては人間的な基準とは違う基準がある。
主よ。あなたを恐れることを教えてください。
主よ。あなたにふさわしくあるものとしてください。
主よ。砕かれた悔いた心を与えてください。
主よ。あなただけを愛する心を与えてください。
主よ、あなたを愛します。私の手のわざは、私があなたを賛美し、あがめることです。
愛します、主よ。
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