“たましいを静めて復活のいのちに生きる”
私たちが御霊によって復活のいのちに生かされますように。
『神である主は、私に弟子の舌を与え、疲れた者をことばで励ますことを教え、朝ごとに、私を呼びさまし、私の耳を開かせて、私が弟子のように聞くようにされる。』旧約聖書 イザヤ書50:4
夕方買い物に行きながら思った。
つい、日曜日、月曜日は、サタンの試みのあとのイエス様の勝利が訪れて“復活のいのち”に生かされていることを御霊の圧倒的な現れのうちに体験した。
イエス様とともに生かされているだけで、どんなに素晴らしいかと思った。
それなのに、急に用事がたて込んで忙しくなると、ざわざわといろんなことが、思いを支配してしまう自分を見る。
私たちは自分の力でイエス様のいのちを体験することはできないが、また、御霊により頼む中に導かれるのだなぁと思った。
マザーテレサが5つの沈黙ということを言っている。
“沈黙は、祈りの美しい実です。
言葉の沈黙だけではなく、心の沈黙、目の沈黙、耳の沈黙、精神の沈黙、わたしが5つの沈黙と呼んでいる、これらの沈黙を身につけなくてはなりません。
さあ、あなたの5本の指を使って言ってみて、そして覚えてください。”(マザーテレサ日々のことばより)
人を知るとき、私たちは自分だけが話しをしては、決して人を知ることはできない。
黙って相手の話や思いに耳を傾ける。
神様の思い、イエス様の愛を御霊によって知ることもまた、沈黙から始まるのかもしれない。
私たちの様々な思いを静めて、主に祈り、主を知るいのちへと、導かれますように。
恵み深い天のお父さん、あなたのみなをあがめます。
私たちは弱い者です。
肉体は弱く、イエス様のゲッセマネの緊迫した祈りの隣でも寝てしまうような者です。
イエス様は私たちに「目をさまして祈っていなさい。」と言われました。
私たちにイエス様のあがないによって、すでに与えられた復活のいのちを、御霊によって豊かに生かすことができますように。
私たちの知識や感情や意思もイエス様の十字架に差し出して、ただ御霊によって、キリストが私たちのうちに生きてくださいますように。
今、サタンの試みにある人にはイエス様の勝利がありますから感謝します。
復活のいのちに満たしてください。
今、この世のわずらいにある人には、たましいを静めて、復活のいのちの、イエス様とともにいる喜びに満たしてください。
今、この世を楽しむ人には、神様とこの世と二つは選べないこと、二人の主人には仕えられないことを御霊によって教えてください。
神の国にあるイエス様の愛が何にも変えがたいものであることを私たちが御霊によって知りますように。
イエス様のみなによって祈ります。アーメン
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